9.境遇
「何故高城さんが光星君に手を上げたか?ここにいる鈴垣さん。そしてそれを見ていた複数の園児たち。また輝義君にも話を聞きました」
「輝義にも?何も云ってなかったのに」
雅代は少し困惑したようだった。
「山岸さんご家族は、公私共に充実した日々を送っているかと推測いたします。しかしどの園児も、どの園児のご家庭も山岸さんと同じとは限りません。どの園児も、その家族も全てが同じではありません」
「そんなの、私どもには関係ありません。貴方を見込んでここに息子たちを預けたのに。あの話は白紙で」
「光星君、輝義君はご立派なご両親をもって、とても幸せだと思います。でもその幸せは他の人たちから見て幸せなのだと感じるのでしょうか?」
朱里、順子は園子の言葉にハッとする。
「光星君はまだまだ5歳児です。これからどんな境遇になるかも分かりません。園児たちには未来と希望と本当の意味での成長を自分で歩んでいってほしいと思います。生まれた環境、時代、性別はどうにもなりません。その先をどう歩むべきなのか。自分は一生保護されて生きられるのか。経済的に格差があったとしても、心の格差はあってはならない。そこに差別はいりません。光星君にも星のように光ってほしい、その光を皆に与えてほしい、そう願ってつけたお名前なのかと存じます。だからその立場にいる、その境遇にある者は自分から格差を、差別をしてはならない。それをちょっとだけ身体的な痛みとして教えた。私はそう思っています」
「これはこれは。ごもっともなご意見、ありがとうございました。ご苦労なことですわね。園長も自分の地位を守るのに必死なのでしょうか。わかりました。これは第三者に、教育委員会に判断してもらう事にします」
そのセリフを吐き捨てた雅代は園長室からそそくさと出ていった。
「園長」
か弱い声が順子の口からもれる。
「手を上げたのは結果的に良くない事かもしれません。教育者としてはセルフコントロールが少し成っていなかったのかも」
うなだれる順子。
「順子さんの昔の貴方と繋がったのね。でも過去は一生ついてくるから。だからうまく付き合わないと」
「園長」
順子は園子に深々と頭を下げる。肩が少し細かく踊っているようにも見えた。
「私は」朱里の言葉が飛び出す。
「私は、高城さん、間違っていないと思います。園長が云うように園児に手を上げるのは良くないこと。でも光星君の言葉の暴力にはあの方法しかなかったと思います。その方法で良かったと」
「そうね。事実その場所に居なかったからその状況判断の良し悪しはわかりません。園長としてその判断を下しただけです。今高城さんはここにいる。そしてこの件は第三者が判断する事になるでしょう。でも一方的な見解で処理できる力をもっている人もいます。結果は直に受け入れましょう」
朱里は口を横一文字にして緊張を現した。
「皆が同じ気持ちで(おはよう)って云い合える世の中がくると良いね」




