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死んでもいいから生きている。  作者: 猟虎戀太郎
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死ぬ理由

 僕の家族、いや、家の同居人というべきだろう。都合のいいことにその人たちは寝付くのが早い。すでに寝静まった家から僕は抜け出してきた。


 環状線を横断して細道に入ったすぐの場所にあるバス停。三分前に着くと、風雨に晒されて半壊状態のプラスチックベンチに浥は胡坐をかいて座っていた。柄の入ったTシャツに、ダボダボの半ズボン。非行少年らしい服装だ。


「お待たせ」


「遅えぞ」


「これでも時間前なんだけどなぁ」


 浥は横に置いていたナップサックを背負うと、中身をガシャガシャ言わせながらちょうど来たバスに乗りこむ。行き先は駅のようだ。


 他の乗客がほぼいないバスの中、浥はなにも話さなかった。イヤホンを耳に付けてさっさと音楽を聴き始めてしまい、僕は外の景色をただ見ていた。


 僕が駅周辺に詳しくなったのは、偏に浥によるものだ。付いて行ったというのか、連れ回されたというのか、とりあえず本来の遊び方ではないようなことをたくさん教え込まれた気がする。裏道やら近道、使われていないビルやら警察の目が薄い場所やら。

 そんな浥との遊びはもちろん非行に当て嵌まる。僕がそれで停学処分を受けずに済んでいるのは単なる偶然だろう。


「家の奴らは?」


「心配してくれてる?」


「ちげぇよ。バレてねぇかって意味だ」


「大丈夫だと思う。浥の方は?」


 アンドユー。聞かれて同じ内容を訊き返すのは英語の常套句だ。たぶん。

 ただそれを浥にした瞬間、険しい表情がさらに険しくなった。眉間に深いシワが寄る。


「冗談でも次訊いたら殺すぞ。あんなパチンカスと男遊び女のことなんか知るか」


 これでもかと悪態を吐き捨て、片方外していたイヤホンが再度耳を塞いだ。




 駅についても浥からなにか話されることはなかった。当然なにをするのかも聞かされないまま後ろをついていく。大通りから雑居ビル群に入り、さらにその奥には工事区域へと足を踏み入れた。立ち入り禁止の看板を潜り、壊れかけのビルの外階段を上がっていく。


「なんも見えねぇな」


 屋上まで上がって、浥がつまらなさそうにこぼした。

 大して高くない五階建くらいのビルなのだから。鉄骨とクレーン車と、周囲の風景を遮る同じ形のビルばかり。量産されたクローン人間みたいだ。


「おい」


 呼ばれ、同時に何かを投げられる。ほとんど明かりもないから取り損ねたそれは、ガシャガシャとコンクリの地面を転がり、欠けた窪みに収まった。


「これは?」


 缶の飲み物のようだ。凹んで、全然冷えていない。


「酒」


 ということらしい。目を凝らしてみると、チューハイだった。味覚もまだ子供らしい。


「買ったの?」


「買えるかよ。カスが家に残してったの盗った」


「そうなんだ。いただきます」


 カシュッという音が重なる。ぬるくて甘いジュースの中に混ざったアルコールの味が不味い。校庭の鉄臭い水道水のほうが少しマシな味をしている。


 胃の中に流し込むと、身体が熱くなってきた。


「なんかお前、変わったな」


「そう?」


「つまんなくなった」


 今まで詰まるような人間だと思われていたなら、それは嬉しい誤算だ。


「前はもっとつまんなそうな目してたのに。なんでも俯瞰したように見てて、モノクロの世界で生きてる感じだった」


「今も同じ気がするけどなぁ」


 なにに対しても興味を失って、つまらないものだと感じて。結局なにも為さないまま過ぎていく僕の世界はモノクロなのかもしれない。


「浥はなんでこんなことしてるの?」


「楽しいからだろ」


「それで停学になっても?」


「関係ねぇよ。停学になっても、少年院送りになっても別にどうでもいい。少年院なんか逃げ出せばいいし、本当に捕まるってなったら、その前に自分で死ねばいい」


 豚箱なんざごめんだ、浥は言った。

 今のでわかったと思う。浥は僕と似ている。根本的なものの考え方が同じで、死を物事を対処する方法として認めているのだ。

 ただ一つ決定的に違うのは、浥はスリルを楽しみたがる人間だ。最悪死ねばいいんだからなんでもしていい。そう考えるやつだった。その思考の末に実行できてしまうのが、興味を失ってしまう僕とは違う。


 飲み終えた空の缶が投げ捨てられる。ビルが傾いていて、速度を落とすことなく転がった缶は柵の隙間を抜けて遠くで空虚な音を鳴らした。


「なんで学校なんか行ってんだ?」


「中学生だから?」


「死ねよ」


「別に意味なんかないよ。それが普通だから」


「自分が普通だって思ってんのか?」


「僕は至って真面目に普通をやってるつもりだけど」


 呆れ気味な言葉にそう返すと、さらに呆れたとため息をつかれた。


「灰、お前のモットーはなんだよ」


「死んでもいいから生きている。それがどうしたの?」


「だったら学校なんかやめちまえよ。んでもって二人で好き放題やって、飽きたらこんな大人の糞溜めみたいな世界からおさらばしようぜ」


 空に向けて両手を広げる姿は夢を語る少年のようだった。

 言っていることは、ここに夢なんかないと世界の否定だった。


「なにか勘違いしているみたいだけど、僕は別に死にたいわけじゃないよ」


「んなことは知ってる。じゃあ訊くけどよ、お前はなんのために生きてんだ?」


 一瞬、静寂が満ちた。そして、浥は言った。


「生きる理由がない。死ぬ理由なんて、それで十分だろ」

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