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死んでもいいから生きている。  作者: 猟虎戀太郎
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誰も傷つかない嘘

 僕が顔を出すと、教室内がざわついた。

 それは歓喜や興奮というより、不安や警戒という言葉が似合う空気だった。


 放課後、僕は一年一組を訪れた。

 一年生から見た二年生とはそこまで畏れるほど強大な存在なのだろうか。


 他学年他クラスに入ること自体は特に禁止されてはいないけど、これ以上無遠慮に立ち入るのは気が引けた。


 だから一番近くにいた女子の生徒に言う。


「ちょっといいかな。柳川さんいる?」


「えっ、あっ、はい……!」


 机の間をあみだくじみたいに進んでいく女子を目で追うと、窓際一番前の席に座る彼女の姿に辿り着いた。肩身狭そうに縮こまって帰り支度をしていたところに声をかけられ、女子が指差した方を見た。


 ハッと目が瞠られる。ようやく気づいたらしい。

 他の女子数人になにか話しかけられていたようで、なにやら真っ赤になった顔をぶんぶんと左右に振っていた。


 呼び出して二十秒と経たずにカバンを持った彼女がやってくる。


「柳川さん」


 そう名前を呼んだのは、僕じゃなかった。


 背は僕と対して変わらないのに、外見にまで表れた気弱そうな性格のせいで小さく見えてしまう男子生徒。なにか言おうとしていた彼は一拍遅れて僕に気付いては、出かけた言葉を口の中に詰まらせた。

 ごめんなんでもない、口早に言い教室に逃げていった。


「知り合い?」


「同じクラスの、村主くんです。小説が好きみたいで、ほんのたまに話とか……」


「へえ」


 どうでもよさそうに、いや、本当にどうでもよかったから出た相槌に、会話が途切れる。


「あ、あの、お待たせしました」




 彼女を連れて、一階分多い階段を降りて昇降口で一旦別れる。校門で再び合流して最寄のバス停に向かっているところで、ふと袖を引かれた。


「ん?」


「あの、先輩、やっぱり教室まで呼びにくるのはやめにしませんか?」


 彼女の抱えている面倒ごとを避ける手として、僕が昨日、十秒くらいで考えた案なわけだけど、ご不満だったらしい。


「遠回りにはなりますけど、特別棟の教室に集まるでもいいですから」


「僕は構わないけど、なんで?」


「それは……」


 言い淀む彼女はまた顔を赤くして俯いた。


「勘違い、されるからです」


「勘違い?」


「そのっ……恋人、なんじゃないかって」


 迎えに来ただけで彼氏とは、安直な思考である。


「別にいいんじゃない。彼氏じゃないって一言言っておけば」


「そんなの信じてくれません。それに、先輩の彼氏がいるなんて、調子乗ってるって思われます……」


 あいにく僕は男子な上に、中学に入ってから今までに深く関わったことのある女子といえば男勝りな朝日くらいだ。難しい女子の事情とか、カーストとかヒエラルキーとか、そういうのには疎い。


「今度からはそうしようか」


 □


 何もしたいことのない僕の生活は常に暇とともにある。

 普通の人からしたら、ひどくつまらなさそうな生活に見えるだろう。


 けど実際のところ、あまり暇を強く感じることはない。暇で暇で退屈すぎて死にそうだー、なんてことは土砂降りで家から一歩も出れない日くらいだろう。

 そこで我ながら疑問に思った。なら僕はなにで暇を埋め合わせているのか。


 して、思う。


 たぶん僕は、なにかに興味を持つことで暇を潰しているらしい。

 普通の人であればゲームを買ってプレイすることで暇を潰しているところを、僕はゲームに興味を持ち、それに対する自身の欲や価値観を考えることで暇を潰している。

 本来であれば手に入れるという過程を経ることで満たされるはずが、そこまで行き着く手前の段階で欲が失せてしまう僕は、その手前の段階で満足してしまっているようだ。


 街に出て、興味を持ち、思考し、興味を失う。そしてまた別のものに興味を持つ。

 その繰り返しが、僕における暇つぶしだということなんだろうと思う。

 つまり僕の中では、入手ではなく、思考を回すことが重要なのだ。


 つくづく僕はお安くできているらしい。


 だから、と。


 こんな僕の根本の話の後では、実にどうでもよく思えてしまうかもしれないけど。




「さて、なにしようか」


 バスに揺られること三十分強。僕たちは駅についた。

 僕は何をするでもなく歩き、ふと視界に入った何かに興味を持ち、けれど立ち寄ることなく歩きながら思考し、興味を失い、そのとき視界に入った何かにまた興味を持つ。


 そんな僕は、どこか特定の店に入ったことがない。

 梅田や朝日と出かけるときは二人に合わせているからよかったものの、自分から誘ったとなるとどうしていいか困った。


「柳川さん、なにかしたいことある?」


「ええと、わたし、中学に入ってから誰かと遊びに出かけたことがなくて……」


「なんでもいいよ。大抵のことはできるから」


 映画館にショッピングモール、デパート、ボウリングにカラオケにゲーセン、カフェにレストラン、とりあえず放課後の時間を潰す程度なら暇になることはない店揃えだ。


 しかし、遠慮気味な彼女はなにも言い出しそうにない。


「とりあえず、適当に見て回ろうか」


 向かったのはデパートの中にある本屋だった。

 中学の近所にはここまで大きい本屋はないから、彼女は少し興奮していた。すっかり遠慮を忘れて、「あの棚見てきてもいいですか」と小走りに去っていったものだ。


 僕も表紙やタイトルを見て興味を持ったり失ったりして彼女が戻ってくるのを待っているうちに二時間が過ぎて、休憩がてらファストフード店に入った。


 話したのは基本、彼女の好きな本についてだった。彼女から僕のことを聞いてくることはなかったし、ましてや僕は自分語りをする方じゃない。かといって、彼女のことを聞くと陰鬱な空気になってしまうのは以前の経験から察せられた。だから結局、本が入ったビニール袋をネタにするしかなかった。


 そのあとゲーセンから出たところで、次の店が最後だろうという時間になった。

 一度、中央の通りに戻ろうとしていた途中、通りすがった高校生に彼女は目を向けていた。その視線の先には、太いストローが刺さった飲み物が握られている。


「飲んでみたい?」


 こくり、無言の頷きが返ってきた。

 タピオカの店はデパートの四階にある。イートインコーナーは学校帰りの学生で埋まっていたので、外で飲むことにした。土日によくバンドのグループが演奏しているスペースを囲む、階段の一角だ。


「先輩はこの辺に詳しいんですね」


 タピオカに口をもくもくさせながら彼女が言ってくる。


「まあね。一年の頃からよく歩き回ってるから」


 固定的な一つに囚われないで行動している分、いろいろな場所を歩いていることになる。まさに駅周辺における僕の知識は、浅く広く、だ。

 近道とか、雑居ビルに入っている怪しげな店とか。あとは店の入れ替わりも激しいらしく、以前までカードショップだった場所が、なにかの事務所になっていたりとか。


 店に執着も思い入れもない僕からすれば、へぇそうなんだ、と思うくらいだけど。


「先輩はなに頼んだんですか?」


「んー、紫芋なんとかってやつ」


 特に興味なかったけど、自分が買わないと彼女も遠慮してしまう気がして、ショーケースのサンプルから数え歌で選んだ結果これになった。


「おいしいんですか……?」


 普通に飲んでいる僕の味覚が狂っているとでも言いたげな、訝しむ表情だった。


「飲んでみる?」


「えっ」


「気になるんじゃなかったの?」


 思い切り頭が左右に振られた。


「それとこれとは別です! 先輩がお金出して買ったわけですし……!」


「じゃあ交換する?」


「〜〜〜〜っ、とにかくダメです! そういうのは、いろいろ、早すぎて……」


 いろいろ早すぎてダメらしい。氷が溶けたらいい塩梅の濃さにでもなるのだろうか。


 赤くなった頬を冷ますように、冷却剤代わりのミルクティーが吸い込まれていく。けど、一口があの量ではもうだいぶ時間がかかりそうだ。


「……先輩って、変わっています」


「よく言われる」


「悪い人でないのは分かるんですけど、羞恥心がないというか、適当というか、こだわりがないというか。普段、先輩を見ていても何を考えてるかよくわからないです」


 それは初耳な上に、ひどい言われようだ。口の悪さはあれきりではなかったらしい。


 なにを考えているか、当然、自分で意識したことはない。むしろ今自分はこんなことを考えているんだ、なんて客観的に自分を見ている方が変だろう。

 自分がどんなことを考えていたか意識してみる。例えば、


「さっきの本屋だったら、本を盗んだらどうなるんだろう、とか。

「ゲーセンで景品が落ちそうな筐体を叩いたらどうなるんだろう、とか。今だったら、あの怖そうなスキンヘッドの人の頭にタピオカを頭からこぼしたらどうなるんだろう、とか。

「ここで筆箱からカッターを取り出して君を切ったらどうなるんだろう、とか」


 彼女を見ると、愕然としていた。黒目がピクピク小刻みに揺れている。

 今の彼女は、僕を見ているようではなかった。いや、その黒目はたしかに僕を映していて、けど、僕を内田灰とは認識していなかった。まるで、狂人を目の当たりにしているかのようだった。


「実行はしないけどね。やろうと思えばできちゃいそうだし、なにより先が見えててつまらない」


「なにいってるんですか……そんな、当たり前です……」


 まさか唇真っ青にするほど真に受けられるとは思わなかった。


 冗談だと笑ってみせる。最初のような驚きぶりは薄れていったけど、その後の彼女はどこか浮かない様子だった。


 僕はもったりと口に残る甘さの紫芋なんちゃらを飲み干した。ここら一帯の自販機にゴミ箱がないのはそういう理由なのか、このゴミを捨てようにも見当たらない。かといって店に戻って捨てるのも億劫だった。仕方ない、家で捨てよう。


 彼女を見やると、手元のそれはまだ三分の一ほど残っていた。僕の視線に気づいたのか、暗い顔が上がって、僕と手元を一往復する。


「あの、やっぱり飲みますか?」


「多かった?」


「はい……少し、気持ち悪くなっちゃって」


 差し出されたミルクティーを受け取り、ほぼ一口で吸い込んだ。なるほど、これが定番の味だとすると、僕のはかなり変わり者だったようだ。本当に類は友を呼ぶらしい。そして僕は友達を食べてしまったらしい。酷いやつだ。


 残りを頂いた代わりにゴミ捨てを請け負い、一緒に重い腰で立ち上がる。


「おろ、ウッチーじゃね?」


「うそ。どこ?」


 そんな声が後ろから聞こえた。


 ショートカットの男子と、ショートヘアの女子。お互い制服にテニスバッグを担いで、そして日焼けしている。色々と似たもの同士の梅田と朝日だ。


「やあ、二人揃って部活サボり?」


「失敬な。今日は朝練だけだったんだよ」


 いつもサボってると思うな、梅田は僕の太ももを軽く爪先で小突いた。


「それで、内田は……というか、その子は?」


「彼女」


 二人は同時に、はっ、と間抜けな声を上げた。隣の彼女も同様な反応を見せた。

 ぱくぱくと何か言いたげな彼女に目配せをして、とりあえず黙っていてもらう。


「カノジョ?」


「三人称じゃない方の意味ね」


「ガールフレンド?」


「そうそう」


「まじぃ?」


「まじぃ」


 梅田は信じられんと口を開けていて、朝日はなぜか神妙な顔をしていた。


「……なーんだ、やっぱり彼女だったんじゃん!」


 かと思えば、表情を一転させた朝日が笑い飛ばすように僕の肩をバシバシと叩いてくる。地味に力が強くて痛い。さすがソフトテニス部。


「一年生だよね? 名前は?」


「あ、柳川ありさと言います。ええと、よろしくお願いします……?」


「内田と同じクラスの朝日陽奈です。よろしくー。こっちのデカいのは梅田ね」


「だれがデカいのだ。よろしくな」


「よ、よろしくお願いします……」


 深いお辞儀は、初対面の先輩に怯えているというよりは単に緊張しているだけのようだった。相手はこの梅田だ。邪念を微塵も感じられない笑みを前に、逆にどうすれば怖がれるのか知りたいまである。


「まあいいや、行こう梅田」


「なんだよ急に」


「デートの邪魔しちゃ悪いでしょうが。それくらい察しなさい」


 ちぇー、と梅田は唇を尖らせた。僕と出会ったことがそれだけ嬉しかったのだろうか。そんなことを思ってくれるとは友達冥利に尽きるけど、正直あまり嬉しくはない。


「その分、明日しっかり聴かせてもらうからね。隠していたことも含めて」


 にっこり、目が笑っていなかった。


「それじゃ」


「朝日のひとさらいー」


 梅田を二の腕を引っ掴み、二人は人混みにの中に消えていった。

 嵐が目の前を過ぎ去りでもしたかのように、彼女はぽかんとしていた。


「柳川さん?」


「あっ、はいっ。なんでしょうか?」


「なんでもないけど大丈夫?」


「はい、だいじょう……ぶなわけないじゃないですか! なんですか勝手に彼女って!?」


 小さな身体から驚くほど大きな声量が出てきた。

 別に彼女がいると嘘の見栄を張ったわけではない。ただ事実がバレないようにするためにはこうするのが手っ取り早かっただけだ。


「いじめのこと、あまり知られたくないんでしょ?」


 盲点だったらしい。もしくは驚きにそのことを考える暇もなかったのかもしれない。


「でも、そんな平然と嘘つくなんて……」


 たしかに嘘だ。けど、その嘘に責める点なんてあるんだろうか。


「別に誰も傷つかないでしょ? 本当の理由を知っている僕と柳川さんが黙っていればそれでなんも問題ない。違う?」


「それは……」


 それでもなお、なぜか彼女は言い淀んだ。


  

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