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死んでもいいから生きている。  作者: 猟虎戀太郎
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守ってあげる

 偶然あそこで彼女に出会って以来、暇つぶしの意味で、気ままに行くようになった。


 今日の向かう途中、珍しく他の生徒とすれ違った。

 階段を登り切って、思う。

 彼女のあの言葉は嘘だったかもしれないし、本当だったかもしれない。


 なぜなら、そこに彼女がいたからだ。

 けれどその彼女は全身ずぶ濡れて、髪と制服から水を滴らせていた。


 トイレの前で彼女は俯いて立ち尽くしていた。


「今度は溺死でもしようとしたの?」


「……」


「ずいぶん難しい方法を試したね。溺死で自殺しようとする人ってすごく少ないんだよ」


「……」


「いじめられてるの?」


 こくり、小さく彼女はうなずいた。


 腕を抱いて、小刻みに身体を震わせていた。

 今はまだ五月で、いつもより寒い日だった。


「とりあえず、脱いだらこれ着なよ」


 上にワイシャツしか着ていない彼女に、カーディガンを差し出した。ぺったりと肌に張り付いていて、膨らみを覆う白い下着が透けてしまっている。


 そのまま上から羽織ってもベタベタになるだけだから、どこか空いた教室で着替えてくれればいい。別に返さなくていいよ。そう言い残して僕は踵を返した。


 お年頃の女の子だ、僕がいては着替えられないだろう。

 なにより、放っておいてくれと彼女が叫んでいる気がした。


 それくらいの空気は僕も読めるつもりだ。


   □


 日をだいぶ跨いで、またあの場所に向かった。

 今日は水曜日で、授業は五時間までだった。いつもより身体が軽い。


 四度目となると凡才な僕でも学ぶもので、今日はカバンを持ってきた。教室棟の自分のクラスに寄って帰るより、特別棟から外に出て昇降口に向かったほうが近いことを最近発見したのだ。


 同じ階にある教材置き場と化した空き教室の机にカバンを置いてトイレに入る。

 窓から顔を出して右側を向いても誰もいなかった。窓も閉まっていた。


 窓から帰る人とか部活に行く人たちの群れをしばらく眺めて、一度トイレを出た。


 すると、彼女がこちらに歩いてきていた。


 正しくは、彼女たちが。


 柳川ありさを取り囲むような位置で一緒に歩く三人の女子。見覚えがあると思ったら、三回目のときにすれ違った生徒だった。同じ一年生らしい。


 けらけらと、たのしそうに笑う三人の腕の中で彼女はただ俯いていた。


「こんにちは」


 僕は言う。


「は……? 誰?」


「沙耶知ってる?」


「知らなーい。てか二年生じゃん」


 交々に返ってくる。一緒に嫌そうな顔も付いてきた。


「もしかして、あんたの友達?」


「えっ、いや、ちが……」


 急に話を振られてびくりと肩が跳ね上がる。消え入りそうなか細い声だった。


「君たちこそ、柳川さんのお友達なのかな?」


 再び言うと、今度は三人のうちの偉そうな女子が怖い顔から一転、笑いながら言った。


「そうですよ。あたしたち友達です。ね?」


「それにしてはずいぶん個性的な集まりだね。うち拷問部なんてあったっけ?」


 彼女らの手元を見る。空バケツ。ポケットから覗くハサミ。

 見ての通りだ。それで気づけないほど鈍感な僕じゃない。


「ねぇ知ってる?」


「は?」「なに?」「てか古くない?」


 いじめーず三連星が零す。


「柳川さん、前にそこのトイレで自殺しようとしてたんだよ」


 再び、びくりと彼女の肩が跳ねた。あからさまな動揺に、当然他の三人も気付く。


「もし柳川さんが自殺して、書き置きに君たち三人のことが書いてあったらどうなると思う? 正解は、よくて退学処分。悪かったら少年院行き。新生活の始まりだね」


 たぶん別々の院に入れられて、ズッ友ではいられなくなるだろうけど。

 腕を広げて、わざとっぽく戯けて見せた。

 三人の眉間にシワがよる。不安と後ろめたさが滲んでいた。


「ねぇ由美、やめといた方がいいんじゃない?」


「そうだよ、なんか気味悪いし」


「う、うん……行こ」


 去り際に僕ではなく彼女の方を睨んで、三人は去っていった。

 残った彼女は後ろを振り向いて誰もいないのを確認して、ほっと胸を撫で下ろす。


「あ、あの……ありがとうございます。助けていただいて」


「見てて気持ちいいもんじゃないからね」


 前みたいにびしょびしょにでもなられたら、またカーディガンを貸さなきゃいけなくなっていた。もう替えがないから困る。


「ともかく未遂でよかったよ」


 あの様子なら、しばらくは目立ついじめは起きないだろう。


「今日も行くの?」


「もう、来ないつもりでしたから」


「そう。いいんじゃない?」


 なら、僕がここのいる意味はなくなった。

 彼女の横を過ぎ、カバンを置いた教室に向かう。

 少し遅れて、パタパタと後ろから足音が付いてきた。


 空き教室はロクに換気もされていなくて、埃っぽければこもった空気が生温い。グループ状に組まれた机と椅子から適当に選んで腰掛ける。

 何をするでもなくカタカタ椅子を前後に揺らしていると、入り口の扉から半分の顔だけで教室内を物珍しそうに覗いてくる彼女が見えた。


「座ったら?」


「えっ、あ……はい。じゃあ、」


 お邪魔します、彼女はおずおずと敷居を跨いで、一番出口に近い椅子に座る。

 それはいつでも逃げられるようにと考えているようにも思えた。僕はそんなに警戒されているのだろうか。怖くないよー、どうどう。


「あの、なんでここにいるんですか?」


「? というと」


「なにか用があって入ったんだと思って」


「ただの暇潰しだよ。いつもはトイレで君と話していたから、その分を消費してる」


「はぁ……」


 納得しているようなしていないような、ふにゃりとした相槌だった。


 この教室の時計は止まっていた。どれだけ経ったかわからない。そもそも、いつも僕たちはどれくらい話していただろうか。


 一秒、二秒、たくさん。


 そろそろ帰ろう。


「そうだ」


 カバンを持って立ち上がる。教室を出る手前で、彼女に振り返った。


「放課後、また来る?」


「えと……?」


「別に言葉通りだよ。僕、ここ全然人来ないから気に入っちゃってさ」


 今日のは例外だったけど、まあいい。


「僕が守ってあげようか?」


 彼女の目が意外そうに見開かれる。


「守るってほどのことができるとは思わないけど、少なくとも他に人目があればいじめられることはないでしょ」


 あの三人が赤の他人の目の前でいじめを働けるほど度胸のある人とは思えない。言いふらすでもチクるでもなく、脅しだけであの様なんだから。


「わたし、いじめられているんです」


「知ってる」


「ここのトイレで、よく水かけられたり髪とか切られたりしてるんです」


「それも知ってる」


「そんな面倒なことに巻き込まれてるのに、なんで助けようとするんですか?」


「二年生になって、同じ帰宅部の人とは離れちゃっててね。放課後は暇してたんだ。だから単なる暇つぶし、ってのが理由なんだけど」


 利害の一致、都合よく使い合うというか。

 野良の犬やら猫やらを拾って、自分は愛玩して満たされる感覚に近い。


「本当に、いいんですか?」


 さっきからそう言ってるのに。


「僕は二年一組の内田灰。よろしく」


「一年一組、柳川ありさです……よろしくお願いします、先輩」


   

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