選択
特別棟四階の、いつもの教室。
梅雨が明けて、閉め切った物置部屋のジメジメとした湿気はすっかり消えた。代わりに差し込んでくる太陽が鬱陶しい。衣替えで夏服に替わったからなんとか耐えている。
カバンを放って椅子を揺らす。
しばらく待っていると、暗い顔の柳川さんが入ってきた。
「や、おつかれ」
「ぁ……先輩、こんにちは。先来てたんですね」
柳川さんは俯いていた顔を上げて、苦しそうな笑みを浮かべた。
観覧車での死ぬか生きるかの選択は僕だけの問題ではない。むしろ僕の悩みなんか可愛く思えるほどに、柳川さんは大きな決断をしている。
いじめられ続けることを覚悟の上で、柳川さんは生きる道を選んだ。
もちろん学校を休んだりもしない。いつか分からない、終わる時まで耐え続けるだけ。何を以てして終わるのか、誰からも噂が忘れられたと日か、柳川さんが気を許せた日か、その事実自体を柳川さんが忘れられる日か、それも不明瞭なまま。
僕はそれが正しいとは思わない。
今でも死が救いの道だったと思っている。
正しいとは思わないけれど、その道に寄り添うと決めた。
自分の好きな人に一緒にいてと願われた、理屈も道理も投げ出すには十分な理由だ。
「今日はいつもよりお疲れみたいだけど、何かあった?」
地獄の教室ライフを経た後、毎日のように憔悴した様子でここに来る柳川さんだけど、今日は憔悴で済まず瀕死の域に達しているというか。
柳川さんは僕の隣に腰を下ろすと、がっくりと項垂れる。
そして、絞り出すような声で教えてくれた。
「……ほ」
「ほ?」
「……保健の授業が」
「ああ、そういうこと」
「……それも、内容が内容で」
「そりゃあ、なんていうか、大変だったね」
「はい、大変でした……」
だいぶお疲れのようだ。
いつものように本を読む気力はないらしく、夏の暑さにやられた猫みたいに机の上にぐでーんと伸びている。
「そういえば、あの子はどうしてるの?」
「あの子?」
「ほら、柳川さんと同じクラスの、気弱そうなノッポくん」
「村主くんのことですか?」
僕は頷くと、柳川さんの顔が目に見えて暗くなった。そうなるだろうなとは分かっていたけれど、実際に見ると申し訳なさが込み上げてくる。
「最近は、休んでるみたいです」
「そう」
特に驚くことはない。答えの方も予想していた通りだった。
正直、僕が彼に同情を抱くことも、可哀想と思うこともない。意識してまで憐んであげる間柄ではないにしても、無意識にでさえ、彼に優しくしてあげられない。
たぶん、ものすごく、個人的な理由で。
柳川さんにとっても僕にとっても、この話題は掘り返すべきではなかった。
沈黙が降りる。そのまま曖昧に終わらせてしまおうと思った。
「でも、きっと大丈夫です」
暗い顔は一転して、真面目な面持ちの柳川さんが隣にいた。
「生きてさえいれば、辛くても、いつかいいことありますから」
体を起こし、柳川さんはふっとはにかんだ。
それはどこか、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「生きてるおかげで可愛い彼女が出来たわけだしね」
「そっ、そんなまじまじと恥ずかしいこと言わないでください……」
わたしだったら恥ずかしくて死ねます、顔を逸らして言う柳川さんの頬は赤らんでいた。
羞恥心で人は死にたくなる、らしい。その感性を僕が理解できないのは、まだ普通の人の感性が染み付いていないからか、元からなのか。
素直に照れてくれる柳川さんを前にすると、どうもその感情が湧いてこない。むしろもっと言ってやりたい衝動に駆られる。怒られそうなのでやめておくけれど。
「しかしまあ、相変わらず暇だねぇ」
柳川さんと一緒にいられるだけで幸せ、なんて台詞言えたら揶揄えるんだろうけど。一ヶ月もこの生活をしていると、どうも感じるものが少ない。
「柳川さん、今度うち来る?」




