再会
柳川ありさが死んだ。
いじめを原因に自殺した。
ニュースで公表されて、学校の集会で黙祷もさせられた。
無感情と、無関心と、ほんの少しだけ、的外れな追悼で溢れていた。
たぶん、僕も、その中の一人だった。
悲しめなかった。悲しみ方というものがわからなかった。
ぽっかりと空いた穴だけが残った。
そんな夢を見た。
すぐにでも柳川さんに会わなければと焦るには、十分な理由だった。
なんとなく辛くて、息苦しくて、生きづらいだけで人は死んでしまう。
明確な理由なしで、希死念慮に駆られるまま命を絶ってしまう。
それに比べればいじめなんてもっと死にやすい。
もしかしたら、今日にでも。
□
授業の内容は覚えていない。元からまじめに聞くような自分ではなかったけど、これといった内職を持っていなかったから聞くだけは聞いている人だった。
でも今日はずっと時計を見ていた。
嫌な想像に神経をすり減らす時間がようやく終わって、真っ先に一年一組に向かう。
柳川ありさはいなかった。訊くと、もう帰ってしまったらしい。
僕はそれを、ただ一人で帰っただけとは思えなかった。
教えてくれた子に礼を言って、学校を出る。向かう場所は決まっていた。
□
これから話すことは、事の後で柳川さんから聞いた話だ。
例の動画のいじめを受けた時点で、柳川さんはもう深く病んでいた。いじめに怯えたり、彼女らから逃げたいと思う気力すら起きず、無気力に仕打ちを受け続けた。
日に日にエスカレートしていくのを、諦めて受け入れてしまっていたと。
その日、彼女らから放課後一緒に遊ぼうと誘われ帰ることになった。自分で遊ばれると分かっていながら、柳川さんは従った。
場所は柳川さんの家。前に動画が撮られた場所と同じ。
それから先のことは、さすがに話してはくれなかった。
僕は無理に聞きはしなかったし、訊く必要もなかった。
それでも、その先になにが起きたのかを知っている。
ちょうどそこで僕が柳川さんの家に着いたからだ。
隣の学区にある住宅街の一軒家。一度送りに来た事があるから知っていた。
後になって思えばただの不法侵入だけど、その時はインターホンも押さずに鍵のかかっていなかった玄関をくぐった。
生活感の薄いリビングを抜けて、お風呂場に立ち寄ってから二階に上がる。部屋の前に下げられた『ありさ』のプレートからも、この家で唯一音がすることからも、そこが柳川さんの部屋だと分かった。
遠慮なく扉を開けた。
中の惨状といえば、それはもう色々とすごかった。
柳川さんは制服どころか下着まで脱がされて、縄跳びで両手首とベッドの脚を結ばれていた。その両横に脚を押さえ股を開かせるいじめーずの二人と、カメラを構えるリーダーの古畑。
驚きだったのは、村主とかいう男子が生まれたままの姿でそこにいたことだった。
一斉に視線が僕に向いた。
いじめーずの三人はひたすらに僕を嫌悪する眼差しで、村主くんはただ愕然としていた。
柳川さんがどんな表情をしていたのか、僕は見ようとしなかった。
一歩踏み込むといじめーずの二人が退いてくれて、そのまま柳川さんのそばに屈む。縄跳びを解いて、近くにあった掛け布団を被せてあげた。
その間になにも話しかけないでくれたのは、正直助かった。この期に及んで僕はまだ柳川さんにどう接すればいいか答えが出ていなかった。
一度も目を合わせないまま、柳川さんを背に他の人たちを見る。表情を作るのには慣れていた。あとは湧き上がってくる困惑と怒りを堪えればいい。
いつも通り、僕は彼女らに笑ってみせた。
「ねぇ知ってる?」
筆箱からカッターを取り出す。カチカチカチと小気味のいい音が響く。十分な長さを出して、思い切り手首に押しつけた。
最初はじわりと血が滲むようだったけれど、間もないうちにボタボタと滴り出す。
怒りに任せて切れば意外と痛くないかと思ったけれど、そう上手くは行かないらしい。
向けられる視線が狂人を見るようなものに変わったところで続ける。
「多量出血で自殺したいときは、お風呂場がいいんだよ」
あったかいお湯を溜めて腕を付ける。全身で入ればより効果的だ。全身の血流が速くなって切り口からドクドクと血が体外に流れ出るらしい。
僕の母親もそうやって死んだのかもしれない。
「僕は君たちを悪いとは思っていないんだ。いじめられたのにいじめ返すのを正しいとは思わない。そこに関与するつもりはないよ」
ワイシャツで血を拭いて、カッターの刃をしまう。錆びないか少し心配になったけど、百均のやつだから買い直せばいい。
「でも、少しやり過ぎかな」
いじめの程度がという意味ではない。今の僕はもう、この一件を公平な立場で見ることはできなくなっていた。それを自覚してしまった。
「だったらなんですか。あたしたちを殺しますか?」
虚勢だと一声でわかるほどに古畑さんの声は引き攣っていた。
殺す。それもありかもしれない。そうすれば二度と柳川さんはいじめられなくて済む。
「まさか、そんなつまらないことしないよ」
殺したら彼女たちに苦しみを与えられない。死んでもいい主義の僕からしたら、死ぬ一瞬の苦痛は苦しみのうちに入らない。だから死ぬ以上に苦しませる。
「僕の命を捨ててでも、君たちを生き地獄のドン底に叩き落とすよ。人間ってのは苦しみながら生きるのは酷く辛いものらしいからね」
君たちのいじめで人が死んだ。その呵責に苦しんでもらうんだ。
「脅しじゃない証明に、さっき下でお湯を張っておいたんだ。一緒に行く?」
今頃ちょうどいい自殺場が出来上がっていることだ。
「もう一度同じようなことをしたら、君たちに選択肢はないからね。分かってくれたなら、ほら、夕方だし帰りなよ」
言って、部屋の入り口に視線をやる。
「ああ、あとあの動画、消してもらえると助かるかな。今日も撮ってたならそれも」
あくまで丁重にお願いすると、古畑さんは震える指でスマホをいじり始めた。しばらくして、まっさらになった画面を見せてくれた。
柳川さんのために命を捨てることを惜しくは思わない。自分で脅しというからには本当に死ぬ気はあったけど、それ以上彼女たちが張り合ってくることはなかった。
「それで、君は?」
終始呆然と突っ立っていた村主くんに向くと、ハッと意識が現実に戻ったようだった。
「いやっ、ぼくは、ただ、古畑さんに……」
彼が被害者だと理解できる。けれど、僕の中で彼に優しくする気が全然沸かなかった。
「その格好でずっといられるのは不快なんだよね。君もさっさと出て行きなよ」
全裸だったことを思い出したのか、彼の顔が真っ赤に染まる。部屋の隅に投げ捨てられていた衣服をかき集めて、走り去っていった。




