トイレ、赤い上履き、パンツ
梅雨前の晴れた日の放課後、僕は彼女と出会った。
学校の最果てと言っていい特別棟の四階には、二年に上がって担任に教材を戻すの手伝ってくれと頼まれた今日まで来たことがなかった。
彼女との出会いは偶然だった。たまたまトイレに行きたくなって、蛍光灯が点滅する特別棟四階のトイレに入った。
そこで隣の女子トイレから、建て付けの悪そうな外窓が開くガリガリという音を聞いた。
気になって自分も男子トイレの外窓から顔を出すと、右側に彼女がいた。
右足を窓の縁に乗せて、両手で上の縁を掴んでいる。
中途半端に長い黒髪の、小柄な子だった。赤い一年生の上履きが見えて、当然かと思う。
彼女が僕を見た。
「こんにちは。何してるの?」
「なにって、見ればわかるじゃないですか」
つっけんどんな返答だった。
「自殺?」
「っ、そうですよ。ここから飛び降りるんですよ」
「そっか」
そう言うと意外そうに、そしてどこか怒ったように彼女は目を見開いた。
「止めないんですか……?」
「うん」
「なんで……目の前で人が死のうとしてるのに」
なんで?
死にたいと思っている人の気持ちを肯定してあげただけなのに。感謝こそすれ、怒られる謂れはない。
「別にいいんじゃない? 僕は死んでもいい派だから」
「なんですかそれは……」
呆れられた気がした。
ともあれ僕に自殺を引き止める気はない。
「じゃあ僕は帰るよ」
窓枠から身体を起こす。
「今から死ぬ人が気にするようなことじゃないかもしれないけど、パンツ見えてるよ」
「えっ、わ、ひゃっ!?」
彼女は慌ててスカートを抑えようとした。片方の支えがなくなったことでバランスを崩し、彼女はトイレの中に転がり戻っていった。
今のでもし前にバランスを崩していたら、死ねていたのかもしれない。自殺だって、並大抵の勇気じゃきっとできないだろう。悪いことをした。
しっかり手を洗ってトイレから出ると、ちょうど彼女が出て来るところだったので
視線を下げる。赤い上履きに、一年一組柳川ありさ、と書かれていた。
キッと目を吊り上げて睨まれる。目元が少し赤らんでいた。
「変態っ!」
彼女は走って階段を降りていった。




