最悪の状況
一刻も早く柳川さんに会いたかった。
連絡先を知っていて、土日を挟むことなんかなければ。
理解できない思考がぐるぐる回り続けることはなくなった。その代わり、理解できてしまった感情が濁流となって押し寄せてくる。
これじゃあ以前とまるで変わっていない。落ち着けやしない。
何も頭に入ってこなくて、そのくせ何もしないでいると感情が昂って気持ち悪くなる。
梅田も朝日も部活でいない。百舌鳥ちゃんも幼稚園の遠足でいない。
瀬戸浥だけは暇そうにしていた。
「や、おばんです」
「あ? ……誰だよお前」
「目、大丈夫?」
馬鹿にしたわけじゃない。僕が言いたかったのは、駅の柱にもたれかかっている浥の右目に青黒い痣ができていたことだ。
「別に。パチンカスに殴られただけだ」
多少心配になりはしても驚きはしなかった。浥が怪我を、それこそ時には骨折だってしてきた姿を今までに何度か目にしたことがある。
「それで、今日はなんで駅?」
連絡したら、いつものバス停ではなく駅まで直接来いと言われた。
とっくに謹慎期間は過ぎているはずだけど、
「もしかしてサボって遊んでた?」
「女とヤった」
わお。
また一つスタンプが埋まったようだ。もしかしなくても、浥が全て押して回り終える日も遠くはないだろう。その時が彼の最期かもしれない。
「ことになってる予定だった」
「……」
女と遊んだ後だというのにつまらなさそうな表情をしているのだから、どうせそうだったんだろうなと素直に思えてしまった。
「相手は同い年?」
「大学生」
「それはまたどうやって?」
「出会い系。人生捨てたいです的な女がいたからちょうどいいと思って会ったら、いかにも今まで良い子やってましたって奴が来やがった。道の踏み外し方もよくわかんねぇでうろうろおろおろ、いざヤるってときにも怯えるわ涙目になるわで、結局ヤらず終いってわけだ」
相当お気に召さなかったのだろう、文句がどばどば垂れ流し状態である。
「挙句にゃオレの怪我まで心配してくるんだからよ……これだからいい子ぶりっ子が、出来もしねぇことしてんじゃねぇってんだ」
苦しそうに浥は吐き捨てる。
それ以上、つまらない話は続かなかった。
「そういや灰、これ知ってるか?」
代わりに、とても暇にはなれそうにない最悪な話が降ってきた。
浥がスマホの画面を見せてくる。誰でも知ってるSNSアプリだ。開かれたアカウントには鍵のマーク。名前は声に起こせないローマ字の羅列で、自己紹介の欄は空白。
ついと浥は指を滑らせて、動画を再生する。
画面全体に薄いモザイクがかかっていて、その大部分が肌色に見える。スピーカーから聞こえてくるのは嫌な笑い声と、堪えきれず漏れ出したような嬌声だった。
ぐちゅぐちゅと卑猥な音がする。
時々嘔吐く声もする。
その度にケタケタと笑い声が上がる。
「お前の玩具だろ? もう捨てたのかよ」
浥の声に意識が引き戻された。
浥が動画を閉じて、画面をスクロールする。
すると、新しい呟きが更新された。
『次、誰かに犯させようかな』
何か、吹っ切れた気がした。




