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死んでもいいから生きている。  作者: 猟虎戀太郎
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二度目の遊園地

 学校で柳川ありさを見かけた。


 同じ中学に通っているのだから驚くことではない。むしろ今日まですれ違ってきたことに幸運か悪運を感じさえする。

 何か進展があったわけじゃない。ただ見かけただけで、会ったわけじゃない。僕から声をかけることはしなかったし、彼女が僕に気づいた様子もなかった。


 移動教室だったようで、喧しさと流れていく生徒の群の最後尾を、いつだったか一度だけ見た村主とかいう男子生徒と一緒に歩いている姿。


 思えば僕は彼女に友達の一人さえいないものだと思っていた。もちろん、あの彼が友達なのかは訊かないことにはわからない。


 彼女の身近に話せる相手がいるのだと、僕は安心できなかった。



「二人きりで出かけるのって、何気に初めてだよね」


 僕らが遊びに行くときは大抵、梅田が収集の声を掛けてくる。同じテニス部なだけに梅田が休みの時は朝日も休みで、梅田とも、どちらかだけと遊んだ記憶はたしかにない。


 だから、朝日から二人でとメッセージが来たときには驚いた。


「それで、なんでまた遊園地?」


 僕はどこでも良かった。しかし妙なことに、誘ってきた朝日が遊園地を楽しみにしているようにはとても見えなかった。


 それはアトラクションに乗ってからもだった。

 ジェットコースターに何度も乗って、以前は乗れなかったフリーフォールにも乗って、出店のクレープを食べて、カッパを敢えて買わないでびしょ濡れになっても、ずっとつまらなさそうな表情を貼り付けていた。


「楽しい?」


「ぜんぜん」


「そう」


「内田は?」


「まったく」


「だろうね」


 それでも僕らは途中で帰ったりはしなかった。

 アトラクションに乗って、興味ない子供用のアトラクションにまで乗って、欲しくもないぬいぐるみのクレーンゲームに散財して、遊び続けた。


 午後になって、まだ乗っていないアトラクションをなんとか探して、脚を引き摺るように向かう朝日の背を追っていて、どこか既視感を覚えた。


 詰まらないだけに留まらず苦痛を感じているようでさえあった作業は、夕暮れ時になって自然と観覧車に向けて歩き出したことで終わりが姿を覗かせた。


「なに見てるの?」


「なにって、外」


「嘘。そうじゃなくて」


 静かだけど、語気が荒かった。


「ずっと心ここに有らずっていうか、あたしが話しかけても生返事ばっかだし、行き先任せっぱなしでぼけっとしてるし。なに考えてるの?」


 僕はいつもの、みんなといる時と同じ調子で振る舞っていた。


 そう生きるのに慣れて染み付いた習慣は、もはや無意識的に出てくるようになった。だからいざ演じるにも特に意識していなかった。


 それに朝日は騙されなかった。たぶん振る舞っているつもりになっていただけだった。

 そう素直に認められるくらいには、僕の病気は日に日に重度を増していたのだ。


「最近やけに付き合いいいけど、あの子と何かあった……?」


 少し考えて、僕は話し始めた。

 特別棟の四階で会ったこと。柳川ありさのいじめのこと。約束のこと。

 全て話したのは、決して罪悪感からではない。


 ただ、疲れた。


 破棄されたわけではないのに、約束がだんだんと約束に感じられなくなっていった。それだけならまだしも、字面だけを薄くして、言葉に起こせない中身だけは僕の中に置き去りにしていった。


 解放されたかった。


「結局、僕にとって彼女は暇つぶしのための道具に過ぎなかったのか。わかんなくてさ」


 今日だってそのことを考えていた。

 答えはさっぱりわからない。砂漠の砂みたいにかき集めて握っても握っても固まらない。


 彼女が罪を懺悔したがっていたのを真似て、もしかしたらと朝日に言ってみた。けど、硝子窓の外の夕焼け景色はまったく記憶に焼き付かなかった。


 乾いた笑いが漏れた。硝子窓に映った僕の顔を朝日が真っ直ぐ見つめてくる。あやふやにしてしまおうと意図した笑いたくもない笑みはすぐに引っ込む。

 変わらない無表情に僕が首を傾げると、対面に座った朝日は、今度は直接僕の顔を見つめてきた。


「内田」


「うん」


「今だけでいいから、その子のこと全部忘れて。あたしのことだけ見て。あたしのことで頭をいっぱいにして。あたしを意識し続けて」


「うん?」


 意図がわからなかった。とりあえず頷いて言われた通り朝日をじっと見つめた。


 一瞬たりとも逸れることない視線。一拍、朝日は深く息を吸った。


「あたし、内田のことが好き」


「……」


「今、誰のこと考えた?」


 僕はなにも言わなかった。なにも言えなかった。


 たったそれだけで、全てわからされてしまった。

 無表情をようやく解いて、朝日は悲しそうに微笑みを見せた。苦しそうだった。今にも泣き出しそうなのを必死に抑え込んでいるように見えた。


 それを見て、昼間の既視感の正体が理解できた。


 僕だった。いつかの、本当の恋人ではないことを思い知らされていたときの僕。

 違うのは、最初から違うと意識して朝日が行動していたこと。本当の恋人にはなれないと自らに刻みつけようとしていたこと。


「前にここ来た時ね、梅田から告白された」


 僕は頷いて、先を促すだけに留めた。


「梅田はいいやつだよね。嫌なやつだけど。口悪くて、女っ気なくて、可愛げないあたしのことなんかを好きって言ってくれたんだから。いつも煽ってきて嫌なやつだけど。本当に気に食わないけど……いいやつだけど、好きになれなかった。なんでだろうね」


 朝日は苦笑した。


「なんで、内田のこと好きになったんだろうね」


 今まで朝日と接してきて、どこに好かれる要素があったのかわからない。ルックスの良さで言えば梅田が上で、人の良さで言っても梅田が上で、まともな人間という点でも梅田が上だった。


「なんかさ、違うんだよ内田は」


「というと?」


「最初思ったのは、すごい生きやすそうだなって感想だった。人間関係とか周りの目とか気にしないで、怖いもの知らずで、気分屋で、何にも当て嵌まらないふわふわした人だなって。変わり者だなって見ているうちに、好きになってた」


 同じような感想を梅田から言われた気がする。


「生きづらくなったら死ねばいいんだから、なにも怖がる必要なんてない、っていうのが僕のモットーだからね」


 死んでもいいから生きている。それは今も変わっていない。


 観覧車が一周するまでに十分と少し。たったそれだけの間に色々なものが始まって、変わって、そして終わっていった。


 最後に朝日が僕を見てくる。晴々とした、吹っ切れた笑みを浮かべていた。


「内田、狂ってるよ」

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