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死んでもいいから生きている。  作者: 猟虎戀太郎
16/33

していいことはされてもいい

 ポカン、と。面白いくらいに三人の表情はシンクロしていた。

 横目を向けても柳川さんは見えないけど、まあどんな反応をしているかは想像がつく。


「そろそろ出てきたら?」


 別に、僕の前でまでいじめられるわけじゃあるまい。

 迷うような間が少しあって、柳川さんは机から顔を出した。


「…………知ってたんですか」


「ちょっと前に友達から」


「どこまで、聞いたんです」


「いじめのせいで一人不登校になったってくらいは。これは聞いたわけじゃないけど、たぶんその子、三人のお友達だったのかな?」


 さすがの僕も、梅田から聞いたときは驚かされたものだ。話題転換に勝手に取られていくポテトのことを言い出そうかと思っていたのに、耳を傾けてしまった。


 あんな小柄な子がいじめっ子だったと言われても、不思議と違和感は覚えなかった。むしろ思い返せば、合点がいく部分がいくつかある。

 悪く言えない、あたしたちのせいにできない、その言葉は事実だろう。柳川さんはいじめを告発しようとはしなかった。家族にも先生にも言わず現状維持を決め込んで、僕に助けを求めてもなお解決を目指しはしなかった。そのことによって三人が問い詰められたとき、過去のいじめが露見するのを恐れたからだろう。

 時々の無自覚な口の悪さも、過去の一環かもしれない。


「知ってるなら、なんでそんなやつの味方してるんですか。可愛いからってちやほやされて、言うだけ言って手は出さないで後ろで見ていただけの性悪女ですよ?」


 小学生の時点でバレなかったのか疑問に思ったけど、なるほどそういうことらしい。


「あんたも先輩騙してないで、どうすればいいかわかるよね?」


「……」


 黙り込む柳川さんをそれ以上問い詰める気はないようで、苛立たしげにふんと吐き捨てると、他の二人を連れて階段を降りて行った。


 面倒なことになってしまった。

 この事実を以前梅田から聞いたからといって、僕自身がなにか対応を変えるつもりはなかった。それは外面的な状況だけではなく、内面的に僕が彼女をどう思っているか、という意味でも。


「……怒らないんですか」


「なにを?」


「ずっと、わたしは先輩を騙してたんですよ……?」


「みたいだね」


「だったら!」


「でも僕、なにも被害受けてないけど」


 呆気に取られたように柳川さんの口が開いた。続け様に出ようとしていた言葉が隙間から、声を伴わずにこぼれ落ちているようだった。


「これでも鈍感じゃないつもりだからね。君がどうしてほしいのかはわかるよ」


 咎めてほしいのだろう。隠していたことを、過去の過ちを。


 けど、僕にそれはできない。

 人は過ちの隠匿に後ろめたさを抱えることがあるらしい。そういう人がいることを僕は理解はしている。でも納得できない。隠すことがなぜ悪なのか。隠していれば誰からも咎められないし、誰も傷つかないのに。そう思ってしまうから。

 だから隠されていたことにもまた僕は怒りを抱くことはない。隠すことが悪だと感じれないから、なにがいけないのか思い浮かばない。一体なにに対して怒ればいいのかわからない。


 普通は怒るのが人間だと上部だけは理解できても、やはり自分自身で覚えることのできない怒りは誰かに投げつけようにも投げつけられないものだ。

 自分がされたくないことはしてはいけない、と人は言う。今の僕はまさにその逆で、自分がしていいと思っているから、されてもなんら不快感を抱くことはない。


「僕じゃ役不足だと思う。僕は君を悪いとは思わない。だから、僕の心ない怒りじゃ君も満足できないでしょ?」


「……じゃあ、わたしはどうすればいいんですか?」


「別にそのままでいいと思うけど……そういう経験はないけど、苦しいなら死んじゃえばいいと思うよ、何事もね」


 変えられない、償えない過去に後悔を感じたなら、それはもう死んで解放される以外どうしようもない。僕はもっぱら御免だけれど、死ぬのもまた怖いというのなら苦しみながら生き続けるしかないだろう。


「わたし、背が低くて可愛いからってクラスで人気な人から甘やかされてたんです」


「そうだね。君は可愛い方だと思う」


「それでなんていうか、調子付いちゃって、ちやほやしてくる子が弄ってるのを囃し立てるようになって、気づいたら、弄られてた子が学校に来なくなって……」


「そう」


「いじめてたつもりはないんです。いえ、ノリ悪いって思われるのは嫌だなってのもあったかもしれないですけど、いじめてたんだって気づいたときにはもう卒業してて、中学に上がったら、その子の友達だった子に、仕返しだって……」


「……」


「……あの、先輩?」


「ああ、ごめんごめん」


 あんな面白い三人の後だと、長い話でつい眠くなってしまった。話はこれで終わりなのだろうか。だったら言えることはひとつだけだ。


「僕は正直、関わる人がどんな人間であろうとどうでもいいんだ。たとえ前科持ちでも非行ばかりする人でもね」


 暇な時間をどうにかさえできるのであれば。もしそこで害を被るような事態になったとしても、暇つぶしにその人を選んだのは僕で、責任を問うのであれば自分なのだから。


「だからこそ僕は、君が元いじめっ子でもどうでもいい。態度を変えようとも思わない。君が罪悪感を感じていて、それを晴らしたいって言うなら付き合うよ。話をするでも謝罪の言葉でも」


 自己満足にしかならないだろうけど、とは言わないでおく。暇つぶしになるのであれば、ましてやそれが彼女の得になるというのならば僕は構わない。


「先輩は、わたしを見損なったりしませんか……?」


「してないし、これからすることもないだろうね」


「これからも、ここに来て、一緒にいてくれますか……?」


「これでも僕も男だから、可愛い後輩と一緒にいて悪い気はしないかな」


 言うと柳川さんの両目が瞠られて、頬が赤らむ。けれどそれも逡巡の中に消えていっては、ややあって、苦しそうに嗤う顔が見えた。


「先輩さえ、そばにいてくれるなら、わたしは」


「諦めろ、いじめ女」


 扉のそばに浥が立っていた。


「や、おかえり」


「……なんですか、いきなり諦めろって。ていうか、盗み聞きしてたんですか?」


「誰がお前なんかの下らない言い訳を聞かなきゃいけないんだよ。イライラする話がうるさく聞こえてきたから文句言いにきただけだ」


 言うなり教室に入ってきた浥は手頃な椅子に目をやる。けれど長居する気はないのか、中途半端に引かれた椅子を足蹴にして仕舞いこんで、荒い口調で続けた


「話まとめりゃ、怖くて騙してました、自業自得だけど悪気はなかったんです、でも納得できないから怒ってください、わたしはどうすればいいんですか、いじめられたくないし死ぬのも怖いしじゃあ先輩ずっと一緒にいてくださいね、だぁ? クソ見苦しい」


 捲し立てた末に、もう死ねよと一言吐き捨てられる。


 柳川さんはただ愕然していた。

 別に勘違いされていても僕はよかったのだけれど、浥はそれが気に入らなかったらしい。それは勘違いしている柳川さんを、なのか、されたまま放置しようとした僕を、なのかはわからないけれど。


「そんっ……な……わたしは!」


 鼻濁音がついているような、濁ったため息が遮った。

 遮った、というよりは、浥のそれに気圧されて、柳川さんが噤んだようだった。


「じゃあ訊くが、こいつにとってお前はなんなんだよ?」


「それは……」


「都合のいい暇つぶし用の玩具だ」


 僕はなにも言わなかった。


「善意も哀れみも庇護もない、ただの玩具だ。この変人が、お前を人として見てるかどうかさえ怪しいってもんだ」


 僕はなにも言わなかった。


「だから飽きれば捨てられる。誰もお前を助けてなんかくれないんだよ」


 僕はなにも言わなかった。


「お前をちやほや甘やかしてた奴らだってそうだろ。今、あいつらからいじめられてるのを無視してるように、価値がなくなったら捨てられる道具だったってことだ」


 僕はなにも言わなかった。




 僕はなにも言わなかった。

 柳川さんが啜り声を後引かせながらこの場を去るまで。


「なににそんな怒ってるの?」


 なにも返ってこない。


「そろそろ帰るけど」


「……気にいらねぇ」


「ん?」


「気にいらねぇってんだよ。あいつも、お前もだ」


「僕、なにかした?」


 理由がさっぱり思い当たらない。

 訊くと、静かに睨まれた。

 そのはずなのに、怒りじゃなくて、僕を見るのは失望の目だった。


「可愛くもない女が可愛い子ぶってるの見せられたら、吐き気するだろうが」


 そうだろうか。可哀想だなとは思うけど。もしくは不憫だなって。


「だから、気持ち悪ぃんだよ」


 一拍、浥は僕より先に階段へと向かっていった。


「お仲間ごっこなんか、お前には似合わない。気持ち悪い」


 僕はなにも言わなかった。


 否定しなかった。


   

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