隠し事
浥からのメッセージを見たのは放課後だった。昼ごろに送られてきていたようだけど、梅田と校庭に出ていて気づかなかった。
『学校?』
『だよ』
『遅せぇ』
『そりゃ学校だから』
『死ね。今どこ?』
『特別棟の四階。死んだらいないけど』
『あんな埃っぽいところになにしに行くんだよ』
『暇つぶし』
『あっそ。今学校前だから行くわ』
「はい?」
本当に来るとは思わなかった。
その規則が本当に守られているかは置いといて、出席停止状態の浥は、学校に来る事も家から出ることも許されていない。よく教師の目を盗んで入り込んだものだ。
廊下で窓から住宅街を遠く眺めていると、腕を雑にまくり、ワイシャツをズボンからはみ出させた浥が階段から姿を見せた。
「急に学校来るなんてどうしたの?」
「謹慎中に学校くるの楽しそうだと思った」
隠れ鬼みたい、思った。
「警察から逃げ隠れするみたいで」
「ごめんなさい先輩、日誌書いてたら遅れて……。?」
間も無くして、柳川さんも姿を見せた。
窓枠に体を預けてダラけている浥に気付いて言葉を詰まらせる。
「だれこいつ?」
「ひぅっ……」
ひと睨みされた柳川さんは声を引きつらせて柱に隠れてしまった。
「で、だれ?」
「柳川さん。僕の彼女」
柳川さんの代わりに答えると、浥の表情がこれ以上なく不快そうに歪んだ。
「最近変だと思ったけど、女遊びかよ」
「おっ……! そんな言い方しないでください! というか、貴方こそ誰なんですか? 先輩にタメ口使って……」
「なんでこいつに敬語使わなきゃいけないんだよ」
まったく会話がすれ違っている。とりあえず、理由はわかった。
「柳川さん。この人は瀬戸浥、一応二年生ね」
こっちも代わりに答えてあげると、固まった。
「……二年生?」
「うん」
「この小さい人が?」
「残念ながら」
「なにが残念だ。殺すぞ」
無理もない。僕目線でいえば浥も柳川さんも身長はほぼ同じだ。おまけに新学期が始まってまだ二ヶ月程度なのだから、他クラスの人と思ってもなんらおかしいことはない。
「ということは、お友達?」
こんな人が、と言外に意図が込められている気がした。
「だれがこいつなんかと友達だ」
「まあそうだね。どっちかというと僕は被害者かな」
「共犯者の間違いだろ」
「じゃあそういうことで」
どういうことですか、真顔で返された。
僕の苦笑いが悪いとでもいうように会話はそこで途切れた。柳川さんは横目で浥にじっと見つめられて、警戒気味に一歩足を引いていた。
身長こそトントンだけど、それ以外の外見含め、まるで雰囲気が違う二人だ。同じネコ科なのに野良猫とライオンみたいな。けど、そのたとえだと二人がどこか似ているということになってしまう。別にいいか。
意味ありげな視線に首を傾げて尋ねる。浥は答えないで目を逸らすと、慣れた動きで窓の縁に跳び乗った。外に乗り出して、身体の前後を反転。上の縁を逆手に持ち替えると、上に跳んで姿が見えなくなる。顔を外に出して見上げる。屋上の柵を跳び越えていった浥の上履きだけが見えた。
ちょうど新しい場所を探していたところだしと屋上に行こうとしたけれど、柳川さんから思いっきり反対されて結局行かなかった。
これでも身長は百七十あるから、僕だけなら行くのは難しくない。ただ、柳川さんが運動しているところを見たことはないけど、日頃から警察と逃走劇を繰り広げられる浥の運動神経は同年代のそれではない。同じ体型の浥みたいにすれば行ける、とはさすがに無理がすぎた。
後屋上に登っておけば楽だったと、いつもの空き教室に戻ってすぐ思い知らされることになった。
真っ先に異変に気づいたのは柳川さんだった。
階段を上がってくる音にぴくりと顔を上げて、壁一枚挟んだ先にある空間に目を向ける。先生でも来たのだろうと思ったけれど、それにしてはやけに音が軽い。運動靴を上履き代わりにしているあの人たちのではない、パタパタという上履き特有のそれ。
そして、おしゃべりする声。
いや、おしゃべりなんて可愛らしい言葉は似ても似つかない、身体の内側から突かれるような、煩わしさがチクチクと感じられるような。
だんだんと近づいてくる声。聞き覚えのある女子の声に、とうとう柳川さんは鞄を抱えて奥の方の机に身を隠した。
「……それね。てか彼氏まで作ってるんでしょ?」
「あの気味悪い人でしょ。前クラスまで来てたしね」
「一緒に出かけてるの見たって人もいたよ」
三人の女子の声。例のいじめーず三連星だ。
「それで、ほんとなの?」
「うん、前にここ上がってくの見たって五組の子が」
「でもどうせあの二年の人も一緒なんでしょ」
いつかはバレるだろうなと思っていた。むしろよく今まで平和でいられたものだ。色恋沙汰やらカーストやら、なぜそこまで怨念を抱けるのかは理解しかねる。女子の情報網にプライバシーの概念はないらしい。
足音と、取り繕っていないドスの利いた声が近づいてくる。カタカタと椅子を漕いでいると、教室を覗き込んできた三人の視線が一斉に僕に集まった。
「やあ、奇遇だね」
ピリ、と表情が強張った。
「今日は来てないんですか?」
「誰が、を訊き返すような嫌な真似はしないでおくよ」
ざっと教室を見渡すだけでは後ろに隠れた柳川さんは見えないだろう。肩を竦めて見せると、三人はそれを肯定と受け取ったようだ。
「君たちもよく懲りないね。悪さしたいお年頃なのはわかるけどさ、度がすぎると大変なことになっちゃうよ」
今ちょうど、屋上で寝転がってそうな誰かさんみたいに。
「停学とかですか? あり得ませんよ。あいつはあたしたちを悪くは言えないし、死んでもそれを、あたしたちのせいにすることもできないんですから」
由美という女子がそんなことを言ってくる。少なくともただの意地っ張りではない、ハキハキと確信した口調だった。人を自殺寸前まで追い詰めておいて強がれるなんて普通だったら正気じゃない。
「というか、先輩は知らないからそう言えるんですよ。あたしたちがやってるのは信念のある報復です。ただウザいからって理由でやってるいじめと一緒にしないでください」
「…………ふっ、ははっ!」
つい堪えられずに笑ってしまった。
「信念に基づいたいじめ、いや、報復だっけ? 面白いことを言うね。いやぁ、君たちといると退屈しなさそうだよまったく」
「バカにしないでください、だってあいつは」
「小学生のときいじめっ子だった、でしょ」




