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死んでもいいから生きている。  作者: 猟虎戀太郎
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ズル休み

 その日、僕は学校を休んだ。


 敢えて細かい理由を挙げるとすれば、昨日より気温が高いとか、体操服を持っていくのが面倒だったとか、小テストの勉強をしていなかったとか、こじつけることはできる。


 別に日陰の道を選べば暑さなんてどうにでもなるし、忘れても見学すればいいし、優等生になりたいわけでもないけど、たまにそれすら面倒になる日がある。


 その日はズル休みをした。

 昼前まで部屋で惰眠を貪った後、同居人はみな家を出た家のリビングで朝食兼昼食として学校に持っていかなかった弁当を食べた。

 それからまた部屋に戻って、次のを見ている頃には前になにを見ていたのか忘れてしまうような動画をサーフィンした。

 三時を迎えたときに思い出した。


 彼女、柳川ありさのことだ。

 約束をして以来、学校がある日は毎日一緒にいる彼女。当然今日もその約束に該当する日で、完全に休日気分で忘れていた。


「どうしよっかなぁ」


 今日の気分的には、もう身体をベッドから起こすことさえ億劫だ。しかしここで行かなくては、せっかく手に入れた暇つぶしを失いかねない。

 制服に着替えるのは面倒でジャージにした。この服装での登下校は体育祭の日以外は禁止されているけど、実際守られているかは怪しいところだ。


 ポケットにスマホを入れ、財布は入らなかったから千円札を一枚だけ忍ばせておいた。

 



 環状線を渡って、神社横にある階段を上り、住宅街を抜けたら中学校前だ。何通りかある通学路の中、今日選んだのはテニスコート前に出る道だった。

 パコォンとゴムボールが強打される音が響く。コート内に決まることなく、特大ホームランはフェンスを超えて道路に飛び出してきた。


 足元に転がってきたボールを拾う。


「すんませーん。拾ってくれてありがとうござい……って、ウッチーじゃん」


 梅田が取りに来た。軽く手を挙げて応える。


「休みじゃなかったのかよ」


「家にいても暇だったからね。はい」


 ボールを投げ渡す。梅田は器用にラケットの上で弾ませ、持ち帰ればいいところをコート内に打ち上げた。


「お前のことだし、そうだろうとは思ってたけどよ。今顧問いないからちょっとサボるの付き合ってくれよ」


 梅田は腕の周りでラケットをくるくると回しながら歩き出した。近くの自販機でジュースを買ったから、ポケットの中が重くてうるさい。

 ソフトテニス部のコートは短い階段を挟んで上下段の二面に分かれていて、今は上段が男子、下段を女子が使っていた。


「練習はいいの?」


「今コートに入れてるのって、三年の先輩と二年の上手いやつ数人だけなんだよ。それ以外は隅で一年に教える役。夏の大会終わって三年が引退するまでこれが続くから今の時期はつまんないんだよ」


「大変だね。辞めたら?」


「どうせあと二ヶ月の辛抱だし、ここまで続けちまったからな」


 中途半端という状況で悩んだ経験が僕には思いつかなかった。長い徒労を要することに手を付けたことはなくて、やること為すことの殆どがすぐ終わってしまう。ケーキを食べかけのまま残すみたいなことをしない限りは、今後もないだろう。


 もし僕がなにかを理由に明日死んだら、それは中途半端なのだろうか。

 普通に生き続けていればだいたい八十くらいまでは生きる。そのところを二十にも満たない歳で死んだら、それは中途半端な歳で死んだことになるのだろうか。

 じゃあ未知の病で二十歳を迎えられずに死んだら、それは中途半端なのだろうか。逆に八十を過ぎて百幾つかで死んだら、それもまた行き過ぎた中途半端なのだろうか。


 考えるのを途中でやめた。

 たぶんそうはならない。死は命の終わりで、それ以上もそれ以下もない。


 平均寿命なんてただの統計の数字で、本当の意味などないんだと思う。誰しもに平等に訪れる死を平均化しようなんて、浅はかもいいところだ。


「急に黙り込んでどしたよウッチー」


「将来的にも中途半端な人間にならないことが確定して安心してたんだ」


 なんじゃそら、梅田は言った。


「でもたしかにウッチーは中途半端って感じじゃないよな。存在自体がふわふわしてるっつうか、そもそも中途半端を決める定義の上にいないっつうか」


「僕って幽霊かなにかかな?」


「悪かったな語彙力なくて。でも他のやつにお前がどんなやつか説明しろって言っても、たぶん誰も上手くは説明できないと思うぞ。変わり者すぎて」


「じゃあ、梅田だったらなんていうの?」


「無理だって言ったばっかだろ」


「まあ暇つぶし程度に」


 梅田はその場で足を止めて、地面でラケットを回す。一年の授業で習った覚えがある、たしか公認マークがある方が表だった気がする。


「裏」


「じゃあ僕は表」


 凸凹な地面の上だから、ラケットはすぐ倒れた。公認マーク。表だ。


「外れたか……ま、そうだな。カラフルなやつ」


「その心は?」


「なんつーか、モノクロとか灰色じゃないんだよ。極端に面倒くさがりってわけでもないし、下らない遊びにだって付き合うだろ? でも時々ぶっ飛んだこと言うし、ぼーっとつまんなそうにしてる時もあるし、たまに目ぇ死んで灰色っぽくもなるし、オレンジだったり黒だったり透明だったり、コロコロ色が変わって、結果パッとしないやつ。そんなところだな」


 将来は虹にでもなるのだろうか。それはそれで悪い気はしない。

 ざっと話が途切れたところで、女子コートの横を通り過ぎた。一試合終えたところらしく、コートには誰も入っていない。何人かが座って休憩している。


「朝日」


「え、はい、誰……って、内田!? なんで?」


 驚きの声を上げた朝日ががしゃりとフェンスを掴んで身を寄せてくる。


「幽霊になって飛んできたら、虹になった」


 何言ってんのと言いたげに眉根が顰められる。


「暇だったから散歩がてらね」


「こいつ、ウッチーがいなくて一日中暗ーい表情してたんだぜ?」


「なっ、違っ……! 梅田の相手を一人でしなきゃいけないのが憂鬱だっただけだし!」


 朝日の顔が真っ赤なのは運動後だからだろうか。なんてすっぽ抜けせるような鈍感キャラの設定を付ける気はない。


「ていうか、なんであんたはそこにいるの? あー! 梅田またサボってるー!」


「ばっ……! かお前、覚えてろよ! じゃあなウッチー、また明日」


 やべーやべーと梅田は走ってコートに戻って行った。


「その調子だとどうせズル休みか。明日は来るんでしょ?」


「今のとこはね」


「そ。あたしも練習戻るから、また明日ね」


 ばいばい、朝日も梅田についでコートに戻っていく。


 独りになって、なにか忘れている気がした。

 梅田と少し歩いた道を戻って、坂を登った先に裏門がある。

 とりあえず校舎に入ろう。そう思って踵を返した矢先、坂の上が見えた瞬間、忘れていたことを思い出した。


 坂の頂上に柳川ありさがいた。

 彼女をいじめていた例の三人も一緒に。

 小走りに坂を上がっていく。かなり傾斜が急で長い坂は、部活に入っていない上に今日一日寝て過ごしていた僕の身体にはこたえた。


 おかげで登り切った頃には、小銭のうるさい音だけが聞こえた。


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