呪文
「おげっ……」
またかよ。
「ごほっ……」
俺、殴られてばっかだな。
「うっ……」
でもま、いいかぁ。
「…………」
このままここで死ねれば、ずっと小町と一緒になれるんだから。
「おいおい、黒鉄さん。そこまでにしといてくださいよ。貸す金が返せねぇ身体になっちまう」
「いいんじゃねぇの? 障害年金とかなんとか、毟る方法なんて幾らでもある」
ああ、もう痛みも感じない。感じるのは冷たい死の感触。頬に伝わる地面の温度が、なんだかとても心地よい。
「や、やめて……」
小町?
「やめてぇえええ! お願い、やめて! 信夫が死んじゃう!」
やめてくれよ。身体の痛みはへっちゃらだけど、小町が泣くのは耐えられない。
「だ、誰か! 誰か助けて! 信夫を助けてぇえええ!」
無理だよ、小町の声では誰も気付きはしないって。それでも気遣ってくれるのは嬉しいよ。いつも心配ばかり掛けて、ごめんね……小町。
「黒鉄さん! マジでやばいって……こ、殺しちまう……」
「借用書よりも、保険入らせた方が良かったかも――なッ!」
あぁ、なんだか意識も薄れてきた。仮にお化けになれれば、俺は小町に触れられるのかな? はは、そしたら今度こそ、胸の一つでも触れるかも。って、死ぬかもしれない時に何考えてんだ、くだらないな、俺って。
「っつ……腰が痛ぇ。蹴り過ぎて背中が痛んできたぜ」
「はは……俺もっすよ。寒気で背筋が引っ張られる」
おいおい、ここで中断かよ。殺すならとっとと……
「つうか、首も痛ぇ……たくよ、面倒を取らせやがって」
「俺もっす。なんか首が捩れるみてぇで……」
は? なんかお前ら、様子が変だぞ。
「おめぇ、首曲げてどうした? 可笑しな方向に向いてるぜ」
「それは、黒鉄さんも……」
「あ?」
霞む視界にも分かる、明らかに異常な首の傾げ。曲がってはいけない方向に、ぐにゃりと歪に……捩れてる。
”許さない”
え?
”呪ってやる”
こ、小町――!?
”信夫を傷付ける奴は許さない。そんな奴は――死ね”
悍ましい負の感情が、小町の身体を取り巻いていく。それはまさしく怨念で、呪怨を纏う霊は人々にこう呼ばれる。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――
憎悪を糧に死を願う――悪霊と。
「うぎぎ……」
「ぎぃぇぇぇ……」
二人の声は喉から出たのか、はたまた身体の一部が鳴いているのか。人のものとも思えぬ、奇怪な音を絞り出し――
「 」
意識の朧げな俺に、小町の声は届かなかった。それは恨みを吐いた呪文であり、聞いた者に呪いを施す。二人の耳には届いてしまい、その直後のことだった。
捩り千切れた二つの頸椎、垂れる頭蓋が見開く眼は、この世の終わりを見たような、壮絶な恐怖に満ち満ちていた。