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黒鉄という男

 不動産屋は客と霊媒師に平謝りし、そして一度、その場は解散する流れとなった。俺からすれば大事なことだが、端から見ればおかしいのは俺の方。警察を呼ばれたらやばかったが、しかしどうにか事なきを得たと、その時はそう思っていた。


「まったく無茶しやがるよ。しかも除霊を頼むって、一体幾ら掛かると思ってんだ」

「相場なんて二、三万だろ。そんくらいなんとかなるって。それより小町は大丈夫なのかよ」


 小町はお経を聞くと同時に苦しみだした。高名な霊媒師とは思えなかったけれど、やはりあのまま続けていたら、小町は成仏してしまったのだろうか。


「これを聞くと消えるのかなって、そう思うと途端に苦しくなって……でも消えちまうとかそういう感じじゃないよ。普段は痛みも感じないからさ、久々の体験つうか、新鮮だったかな」


 小町はそう言って笑って見せるが、それは嘘だよ。消えそうな感覚とか、はじめてのことで、そんなことまで分かるはずがない。もしや俺が止めに入らない為にも、災いが降りかからないように、小町は成仏すべきだと考えはじめているのでは。


「小町の苦しむ顔は見たくないんだ。だから駄目な時は駄目って、ちゃんと教えてくれよな。俺が絶対助けに行くから――」

「やめろよ、余計に言えなくなっちまうじゃねぇか」


 今日も見守る月の下、神様は僕らを見ているのだろうか。なぜ、小町をこの世に残したのだろうか。これが運命だとするならば、霊を目にした俺の使命は、きっと逃げ出すことなんかじゃないはずだ。


 その内に約束の時間が訪れて、笑顔を張り付ける例の男が空き地へと現れた。


「いやぁ、お待たせ致しました」


 待つことには待ったが、待望していたかと言われればそうではない。あれほどの啖呵を切った癖に、いまさら笑顔を見せるその理由とは。


「さてさて私ども、地鎮のサービスも行っておりまして、各種色々なプランをご用意してございます」


 なるほど、そういう訳か。今の俺は客の立場であって、奴の薄ら寒い笑みの正体は、営業スマイルということか。


「信夫、この男は……」

「心配するなよ、小町。正当な取引なら、むしろこれは安全だ」


 そう、これは契約であり、安心安全な取引だ。そこに金は必要だが、服の一件からこれまでに、自制したお陰で手元には五万の金がある。


「では、お客様の要望を」

「この土地の霊を、小町の霊をどかして欲しい。成仏はせずに取り除いて欲しい」

「ふむふむなるほど。ではそこに、小町さんという霊が今、いらっしゃるのですね」

「そうだよ、それがどうしたよ」

「いいえ、ただご挨拶が遅れまして。私、伊邪那美コンサルタントの黒鉄(くろがね)という者です。どうぞ宜しく、小町さん」


 何を今更、どうせ信じていない癖に。小町だってそんなことに興味なんて――


 ふと覗いた小町の瞳は、転がり出てしまうほどに見開かれ、肩は小刻みに震えている。寒さも感じぬというのに、いったい何に脅えているのか。その正体は悪、小町は悪寒に震えている。


「し、信夫……まずい、謝れ。私のことは諦めて、今すぐこの男に謝罪しろ」

「は? なんでだよ」

「こんな良い子ななりで気付かなかったけど、黒鉄という男は私の高校のOBだ。面識はないけど、めちゃくちゃ乱暴な奴なんだよ。手広く事業を行ってて、ヤクザじゃないけどもっと性質が悪い。いわゆる半グレって集団だ」


 半グレは、グレるとグレーゾーンから成る造語だ。詐欺や恐喝、暴行を行うにも関わらず、暴力団と違って暴対法は適用されない。


「で、でも……金さえ払えば……」

「そうかもしれない、けど黒鉄が求める額が、世間一般の相場であるはずがない。嵌められたんだよ、信夫は! 不動産屋と黒鉄はグルだ。だから素直に地鎮祭の日時を教えたんだ。信夫が邪魔をして、こうなることを期待して」


 そんな……まさか! いくらなんでも、そんな博打みたいな計画を?


「どうしたんですか? 小町さんと相談ですかね? でもご安心を、伊邪那美コンサルタントは、お客様の悩みを解決しますよ。どうやらこの土地には、随分と思い入れがあるようですしね」

「お前に俺の何が分かる……」

「なぁんでもお見通しですよ。数か月も通われて、頭のおかしい奴だと世間の話題で、しかし私ども、お客様を選んだりは致しません」


 ば、バレてる。俺がずっと通っていたことがバレている。隠すつもりがないのだから人目には付くが、だからこそこの俺を。傍目にはまともと言えない異常な執着、それを金に代えようと。


「相場って……地鎮祭の相場って、普通は二、三万ってところだろ。いま俺は倍の五万の金を持ってる。これで霊をどかして欲しいんだが……」


 これでなんとか、縋る想いで金を差し出す。すると黒鉄という男は満足したのか、自然な笑みをにこりと浮かべ、畏まるようにその手を上げると――


 俺の手を打ち、五枚の札は宙を舞った。


「それ、どこの相場ですか? 私どもの相場は五十万です」

「ご、五十万なんてそんな金……俺に用意できる訳が……」

「とまぁ、そうでしょうね。ですがご安心ください。この場にちゃあんと、金貸しは呼んでますから」


 すると黒鉄の後方から、巨漢の男が現れる。その容姿はラフなものだが、しかしサングラス越しに見える面影には、なにやら何処かで見覚えが。


「あ、あんたは……昼間の霊媒師じゃ……」

「おう、あんま気付かれねぇんだけどな。で、兄ちゃんよ、幾ら貸して欲しいのよ」


 こいつまでグルなのか……ここまでくると、もしや買い手のあの男でさえも。まさかあの地鎮祭自体が、偽りだったのでは? 数人がかりで、二日かけて五十万。奴の言う相場とは、つまりそういうこと。


「五十万だ、その男に貸してやれよ」

「黒鉄さん、初回でいきなり五十万って金は……」

「いいからやれよ、回収すんのはてめぇらの仕事だ」

「は、はい……」


 巨漢の男は腰を屈めて、ごそごそと鞄の中を漁り出す。そして数枚の紙を取り出すと、その中の一枚を。あたかもプリントでも配るような、そんな何気ない手付きで突き出されたのは、高額の借用書だった。


「んじゃま、お前には五万の金があるから、四十五万を貸してやる」


 四十五万を貸すと言う、そんな口先と反して、手渡された書類には五十万の文字が書かれている。


「よ、四十五万って言ったじゃないか! ここには五十万って書いてある!」

「まあまあ、兄ちゃんが欲しいのは四十五万だろ? 初回利息が四万五千で、事務手数料が五千円。五十万の借用書で四十五万が残る訳だ。ウチはトイチなのよ、結構良心的な利率なんだよ?」


 な、何が良心的だよ。十日で一割って、酷い暴利だ。仮に一か月なにも返済しなければ、十六万弱も借金が上乗せされてしまう。おまけになにより本質は、黒鉄の仕事の内容だ。幾ら金を払おうが、適当な御祓いで済まされてしまっては――


 払われた俺の五万円、それを必死にかき集めて、改めて黒鉄に差し出す。次は頭も下げて、両ひざも地に着いて、縋るように救いを求める。


「無理です……そんな金は。どうかこの五万でなんとか……」

「おいおい、ここまで出張って、餓鬼の小遣いじゃねぇんだからさ。それで済むはずはねぇだろうよ」

「そこをなんとか……」

「ならねぇんだよ。じゃなきゃ痛い目を見ることになるぜ」


 痛い目って、しかしここは大通りに面している。幾らなんでも、こんな公の場で暴力に走ることは――


「あ、あれ……」


 下げた頭を上げてみると、通りの景色は消えていた。作業着を着た男たちが、ポールを立てて幕を垂らす。


「あぁ、あれはよ。工事の準備だとさ。気にするなって」


 そんな訳あるはずない。こんな絶妙のタイミングで。これは俺をリンチにする為の、目隠しということだ。


「た、たすけ――」


 唐突に衝撃が走った。振り上げた黒鉄の足が、俺の顔面を蹴り飛ばした。ぼたぼたと鼻血が溢れ出し、続いて激痛が押し寄せる。


「叫ぶなよ、近所迷惑だぜ。手加減は苦手だからよ、早いところ覚悟を決めな」

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