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地鎮祭

 それからというもの、俺はできうる限りで、この世に悔いを残すことにする。漫画やアニメの続きは見ない、欲しいものは買わない。些細なことだが、万一除霊に失敗した際に、建設を止められなかった場合を鑑みて。


 それが何に繋がるかと言えば、死んでもあの世にいけなくなる。なるべく多くの未練がこの世に残るように、魂をこの世に繋ぎ止められるように。思い付く限りの欲望を満たさない。


 それでも小町に会ってしまえば、そんな欲など些細なもので、頭も心も全て小町色に染まってしまう。それが満たされているようで恐ろしくて、充実してしまうのではないかと、しかし小町と会うことだけは、止めることはできなかった。


「なあ、あそこを見ろよ。あの女、通りを歩くチンピラどもの後ろ。金魚のフンみてぇな女がいるだろ? あいつはきっと、何か後ろめたい気持ちがあるだろうね」

「へぇ、霊になるとそれが分かるの?」

「いいや、そんなのは関係ねぇよ。ただね、生きてた私を見ているようだ。ああしてはっちゃけているようで、でも悪いことだって気付いてる」


 悪いこと——か。悪って、一体なんだろう。悪事を行えばそれは悪、そんなことは誰でも分かるが、しかし悪霊とは。人に家に土地に、憑りつく霊は悪霊なのか。成仏しなければ悪霊なのか。例え一か所に留まるだけでも、あるべき模範を通らなければ、霊は全て悪霊に。


「俺がさ、あの女の子に教えてきてあげようかな」

「ばぁか、んなことしたらまたボコられるぞ。それにね、人は皆の前では弱みを見せない。無理して強がっちまうんだよ」

「それは、そうかもね。俺もはじめは小町に対して見栄を張ったし」

「一人になりゃあそれに気付ける。でも解決するのはいつも二人だ。誰でも言い訳じゃない、最愛の人ただ一人。死んだあとでもなんとかなるなら、生きてるあの子は大丈夫だって」


 それって、死んだ後でもなんとかなった。ということ? 小町にとっての最愛は。


 そうして霊媒師の訪れる日のこと、俺は朝早くから空き地へと向かうことにした。仮に予定が違えてしまって、既に成仏しましたじゃ溜らない。小町には霊媒師が来ることは伝えてあり、ことの全てを知っている。


「なんだか胡散臭いよな。だけど霊になってみて、見える信夫とも出会ったんだ。もしかしたら霊媒師とやらも、凄い力の持ち主なのかもしれないね」

「そうだな、そんで小町はこの空き地を離れられるようになれればいいな」

「うん……」


 それから待つこと数時間、スーツの男が二人ばかりと、袈裟を身に纏う大男。じゃらじゃらと騒がしく音を鳴らす、数珠を首に巻くのが霊媒師だ。


「ではお客様に霊媒師さん、ここがその土地で……って、誰、君」

「待ってました、俺の名前は――」

「そんなこといいから、とっととここから出て行ってくれ」


 おいおい、誰と聞いておいて、それはないんじゃなかろうか。


「いやいや、待てよ。ここには霊が一人いてな、そこの霊媒師に用があるんだ」

「私にか? なんの用だ」


 怪訝な目を向ける霊媒師だが、まあ突然のことでは仕方はあるまい。しかし力を持つというのなら、実物を見せればそれで納得もするはず。


「ほらそこに、見ろよ。女の子の霊がいるだろ? ここを動けない地縛霊なんだが、動けるようにして欲しいんだ」

「……ふむ、確かに霊気を感じるの」


 いやいや、霊気とかじゃなくて、ここにまま小町がいるだろうよ。


「なあ頼むよ。このままビルが建ってしまえば、それで霊は埋まっちまうかもしれない。だからここから――」

「端からそのつもりだ。そこに感じる悪霊は、これより私が成仏させる」


 って……おいおい、小町は悪霊じゃないんだから、成仏させる必要はないんだ。それに指をさしているその方向、明後日の方角を向いてるぞ。


「ほら、ここ! ここにいるだろ! しかも小町は悪霊なんかじゃないんだって! 成仏させずに、ここから動かしてくれよ!」

「なんなんだ君は、私の力を馬鹿にしおって」


 ぎらりと睨みを利かす霊媒師には、並々ならぬ剣幕を感じる。そこいらの不良なんか目ではなく、路地裏のチンピラ以上の凄みを。


「あ、あの……本当にこの土地、大丈夫なんでしょうか。霊媒師というのも信用なりませんし、やはり――」

「いえいえ、大丈夫ですよ、お客様。彼は名のある霊媒師で、高い金も掛けております。あんな男の言うことを真に受けてはいけません。ささっ、霊媒師さん。早いところ地鎮祭を開始してください」

「うむ……」


 その後は四隅に青竹を立てて、祭壇を作り祭儀を行う。堅苦しい祝詞を述べるまでは俺も静かに見守って、小町もぽかんと様子を眺めていたのだが。


「ではこれより、除霊も行わせて頂く」


 そして霊媒師が経を唱えた途端に、小町は頭を抱え、よろよろと地に蹲る。


「こ、小町!」

「お静かに、というか、いつまでここにいるんです? ったく、事務所から話は聞いておりましたが、ここまでの変人とは思わなんだ」

「うるせぇ! なんとでも言え! とにかく早く中止しろ! でないと小町が……」


 その直後ことだった。不動産屋の男に首を絞められ、後の言葉を封じられる。


「てめぇ、いい加減にしろよな。これ以上邪魔をするなら賠償を訴えるぞ」


 その目はぎらりと鋭く、とても堅気のものとは思えない。見れば拳頭は潰れており、荒事にも慣れているように思えた。


「や、やめろって……信夫……私は大丈夫……大丈夫だから……」


 そんな言葉を口にする小町は息も絶え絶えで、決して大丈夫なんかには……


「分かったかよ。痛い目みたくないのなら、とっととこの場から――」

「は、離れるかよ……離れてたまるかよ。痛みなんざ俺には効かない。やれるもんなら、やってみやがれってんだ!」


 暫くの睨み合いが続くが、男はふっと息衝くと、唐突に首から手を離した。引く力に戻す力、俺は勢い余って尻もちを着く。


「なぁんて、冗談ですよ。しかし、これでは地鎮祭も台無しです。霊媒師にもお金は掛かっており、賠償は求めます」

「んなもん、誰が払うか――」

「これは、あなたにとってチャンスでもあるんですよ。此度の除霊は不完全ですから、もう一度取り行う必要があります。よってそれをあなたが支払う訳ですが、つまりは内容をあなたが選べる。言ってる意味がお分かりで?」


 やらないという選択肢は選べない。けれど内容が選べるのなら、成仏ではなく除霊を。消すのではなく立ち退かせる。その料金を俺が支払えば――


「この後は別件が控えてましてね、あなたと改めてお話したいのですが、今日の夜この場でどうでしょう」

「あぁ……望むところだよ」

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