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不穏な取引

 小町が服を着替えたのは、その夜のたった一度きりで、以降は再び制服に戻った。誰も用のない空き地とはいえ、お供えといえど無断で物を置き続けることはできない。服は家で保管して、だから着れないのかと、小町にそれを問うてみると――


「お気に入りの服はさ、とっておきに着るもんだ。だから安心しなよ。ちゃあんとクローゼットに、心の奥底にしまってあるからさ」


 手を胸に想いに耽る、その仕種は祈りを超えた神性を帯びてて、何故だか少しの危うさも感じた。これまで荒んだ人生を歩んだ小町だが、きっと想い出を大切にする子なのだろう。彼女の精神が取り残されたのは、もしかしてそれが要因なのかな。


「あのさ、信夫……」

「なんだよ」

「あ、いや……やっぱりなんでもねぇ……」


 はて、これはまさか恋の告白なのでは? なんて、浮かれることができればどれだけ気楽なことだろうか。そう思わせる小町の表情は、恥じらいではなく憂いだから。


 痛めた傷も癒えてきて、最近はアルバイトの数も増やした。そしてその日の現場は、丁度空き地の真向かいだった。見れば小町は腰を落として、暇そうに街中を眺めている。どうやらこちらには気付いていないようで、俺の居ぬ間はどうしているんだろうと、少し悪い気もしながら、ちらりちらりと覗いていると――


「なんだ……あいつら……」


 小町の前には三人の男がたむろしている。しかし小町は幽霊なのだから、それを見てどうこうという仕種はなくって、どうやら別の用事で訪れているらしい。互いに向き合っては図面を片手に、なにやらお遊びではないように思えるが。


「空き地は空き地で、誰かしら所有者がいるはず。もしかしてあの男たちは……」


 土地の売買が頭を過り、そして一度考えてしまえば、様々なケースが浮かび上がる。もはや仕事など手に付かず、それを現場のリーダーに注意され、それでも結局治らなくて、遂には帰れと言われてしまう。申し訳ないとは思いつつも、その足ですぐに小町の下へ走った。


 その頃には既に、男たちの姿はなく、小町はひとり頼りなげに佇んでいる。


「小町!」

「え? し、信夫? 昼に会うのは止めておこうって……」

「そんなことより! さっきの男たちは誰なんだよ!」

「あ……」


 会話の側で佇む小町は、その場から動けないのだから、嫌でも内容は聞こえてしまう。そして言葉を詰まらせてしまうところを見るに、きっと良い知らせではないのだろう。しかし現状の動揺は大きくなく、恐らく小町は以前から知っていて、そして前に言いかけた言葉は、よもやこのことなのではないのだろうか。


「話してくれよ、小町。話の通じる俺ならさ、なんとかできるかもしれないだろ」

「通じたって通じなくたって……きっと無理だよ。でかい金が絡んでんだ。あの男たちは不動産屋とその買い手、ここにはビルが建つんだそうだよ」


 嫌な予感というのは、なんで決まって的中するのだろう。逆が当たることは滅多にないというのに。もしここにビルなんて建ってしまえば、ここから動けぬ小町はどうなってしまうのか。私有のビルなら立ち入りもできないし、そもそも小町のいる空間は、埋められたりはしないだろうか。


「あはは、このままじゃ生き埋めかもしれないな。つっても死んでるから、寧ろあるべき形だったりして……」

「冗談はやめろよ! 小町はここに生きてるんだ! 生きてる人を埋めるだなんて、そんなの絶対に阻止してやる!」

「だ、駄目だ……そんなのやっちゃ駄目だよ! せっかく仕事もはじめたというのに、信夫の人生をめちゃくちゃにしてしまう」

「小町があってのことだ、いなけりゃなんの意味もない。それに小町さえいてくれれば、俺は何度でもやり直せる。俺は小町のパシリで、なんだって叶えてみせるさ」

「信夫は、パシリなんかじゃ……」


 これは俺の使命で、魂の義務なのだ。小町の願いを叶える使者として。


 空き地には通りに面して看板が備えられ、そこに不動産屋の名と電話番号が記されていた。こいつらを説得し、そして建設を阻止しなければ。善は急げ、さっそく電話を掛けてみると、電話口からはなだらかな愛想の良い声が届いてくる。


「お電話有難うございます。こちらは伊邪那美不動産、担当の――」

「どうでもいいんだよ、そんなこと! それよりお前らの会社、人を生き埋めにするつもりかよ!」

「――はて、一体なんのことでございましょう」

「伊邪那美町の四丁目の売地のことだよ。ここにビルを建てるって聞いたんだが、それを中止しろって言ってんだ」

「意味が分かり兼ねますね。ちゃんと地質も調べて工事を行いますので、生き埋めどころか、死体の遺棄だって致しませんよ」

「それがなるんだよ。埋められるのはそこを動けない、幽霊なんだからな」

「…………」


 さすがにこの発言は、激情に任せてしまったと改めればそう思う。しかし電話口の男は、荒唐無稽な要求にも取り乱さず、落ち着いた口調を崩さなかった。


「なるほど、そこに幽霊がいるという訳ですね。生き埋めというか埋葬というか、まあそれは置いておいて、確かにその空き地には、事故で死んだ女性が一人、跳ね飛ばされて転がったと聞いています」

「そうだよ、分かってるじゃないか。だから工事は取り止めに――」

「という訳には参りません。こちらも商売で、売らぬ土地は持ちません。しかしご安心ください。その案件も鑑みて、ちゃんと霊媒師をお呼びするつもりです」

「霊媒師……」

「幽霊というものを信じるか信じないか、私は信じはしませんが、しかしお客様方はそうではありません。此度その売地を買うお客様も、その案件は気にしておられるのです。よって土地は地鎮祭も兼ねて、霊媒師による除霊を取り行います」

「除霊って……それじゃあ小町は成仏しちまうんじゃないのか!?」

「それが何かまずいのですか? 埋められるよりかはよほどいい様に思えますが」


 小町のことは好きだし、死した後でも幸せになって欲しいと願っている。だからといって、成仏なんてのは望んでない。世間一般には成仏は良いこととされているが、とどのつまり会えなくなってしまう。ならばそれもやめてくれと、しかし相手はビジネスマンで、平和や安寧を願う訳ではなかった。


「しかしですね、呈としては除霊です。もしかしたらその幽霊も、祓われれば成仏するでもなく、その場を動けるようになるのでは?」

「小町が、動けるように……」

「そうすれば、なんの憂いもありません。私どもが持つのは土地であり、幽霊などはごめんです。持っていってもお金など取りませんから、あとは好きに何処へでも」


 不利益さえなければそれで良し、これはある意味で助かった。つまりその霊媒師とやらに、お祓いの内容さえお願いできれば――


「その地鎮祭とやらは何時……」

「それは企業秘密です。と言いたいところですが、ご納得して頂けるよう、特別にお教えします。十日後の昼過ぎです、そこで除霊を行います」

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