恒星と衛星
「信夫!? どうしたっつうんだよ、その酷い傷は!」
全身傷だらけの痣だらけ、そんな俺を見るなり立ち上がり、取り乱す小町だが、それは街行く人々も同じこと。ここまで来る途中に悲鳴を上げた人もいるくらいだ。なにせ今の俺はまるで、ミイラ男の様相だからな。仮に小町が皆の目に見えたとしても、俺と小町が二人並んで、どちらが死者かの二択のクイズをしたら、満場一致で俺の方を指差すはずだ。
こんな状態でありながらに、幸いにも骨は折れていなかった。有難くはないが、奴らはそこそこに喧嘩慣れしていたのだろう。とはいえ軽傷という訳でもなくて、本来なら安静を余儀なくされる状態には違いない。
しかし出会ってからこれまでに、小町の下へは一日も欠かすことなく通い続けた。それが突然に来なくなってしまえば、小町はきっと不安に思うに違いない。
「転んだ……」
「んな訳ねぇだろ! 殴られなきゃこうはならねぇ。いいから今日は休んどけ!」
といってもこの傷なのだ、どのみち心配はされる訳なのだが。
「それじゃ……小町のパシリ失格だよ」
「んなこと言ってる場合かよ! 私なんかとは、いつだって会えるし――」
「嫌だ……いま会いたいんだ。頼むよ小町、傍に居させて欲しいんだよ」
「信夫……」
痛みと引き換えにして、小町への愛を確認して、ならば俺はすぐにでも、小町の傍に居たかった。良い服は買えなかったけれども、だけど俺の手には一つの紙袋が握られている。
「これ、量販店の安物だけど。小町にやるよ」
「これって、洋服……」
それは小町が密かに憧れる、大人しめで清楚な洋服だ。恥ずかしながら、上下セットでニッキュッパ。
「お供えなら、霊でも着れるかもしれないだろ。そう思って買ってきたんだ」
「あ、ありがと……あっ!」
「えっ?」
「これ、私の好きなブランドだ。デザインが可愛いよな!」
紙袋を胸に抱え、きらきらと輝きを放つヘーゼルカラーの澄んだ瞳。小町の生前は高校生で、店内は同年代の女の子が多かった。仕方なく選んだ安物だったが、これはとんだ結果オーライだ。
「じゃあ、早速お供えをやってみることにするか!」
「うん!」
そうして、張り切ってお供えをはじめてみたはいいものの、作法は二人ともによく分からなくて、ああでもない、こうでもない。開いたり畳んだり、身にかざしたり祈ってみたり、結局何が要因かは分からなかったけれど、繰り返す内に服のデザインは、次第に小町へと投影される。
「着れたぞ! 信夫!」
「あ、あぁ……」
その場でくるりと回る小町、まるで気の利いた言葉も出ず、息を吞んで見惚れてしまった。
俺の握るロングスカートはぺらぺらの安生地で、だけど小町が思うスカートは、ふわりと柔らかに風を捕える。化繊のニットはあれこれする内に、もう毛玉ができてしまったが、小町が描く純白のニットは、カシミアすらもくすむ光沢を。幻想の服は小町の理想へ、そして俺の理想へと様変わりするのだった。
「とても暖かい。触り心地も滑らかで、こんな服を着たのは生まれてこの方、初めてだよ。どうだ信夫、私に似合っているかな?」
「いや、その……言葉にできないよ。でも、とても良く似合ってる」
冷えた夜空は冴え渡り、この町には珍しく星が輝く。小町はとりわけ輝く恒星で、俺はさながら、小町に惹かれる衛星だった。
「これでもう、信夫は無理して働かなくて済むね」
「あぁ……って、安物だし、無理して働いてた訳じゃ……」
「信夫のくれたこの服は、私にとっての最高の品だ。これを超える品物は、決してお金で買えはしないよ」
小町、君は一体、どこまで気付いているんだい。いや、きっと全部に気付いてる。だから小町は渡したものが何であろうと、絶対にけちを付けたりはしないんだ。
袖から指先を覗かせて、透いた掌が傷を撫でる。やはり身体の痛みなんてのは一瞬で、俺の選択は間違いではなかったんだ。
「よしよし、痛いの痛いの、とんでいきやがれ」
「あはっ、痛みもビビッて、逃げ出すかもな」