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痛いのは大っ嫌い

 小町と共にする時間は至極のもので、それが今の俺の生きがいだ。生きがいとは生きる為の活力で、それさえ身に着けることができたのなら、死んだ精神は蘇る。であれば始めるのも億劫だった仕事にも、自然と耐えられるようになる。漫画に雑誌に、動画にゲーム。小町の好むものを買う為にも、日雇いではあるがアルバイトをはじめるようになった。


「おぉっす、小町。最近は少しずつ寒くなってきたなぁ」

「霊の私には分からねぇよ。しかしまあ、夜は冷えるだろうってのは理解できるし、風邪引かねぇように気を付けろよな」

「引いても移すことはないんだ、気にすんなよ」

「……阿保か、てめぇの心配してんだよ……」


 裏起毛のスウェットに、上から中肉のブルゾンを羽織る、そんな季節柄に差し掛かる。対して小町は何時でも短丈のスカートに、シャツの胸元は決まってはだける。見ているこちらとしては有難いが、しかしなんとも寒そうだ。


「幽霊ってさ、着てる服は変わんないのな」

「つうか、変えられねぇんだよ。女がお洒落もできねぇとは悲しいもんだ」

「下着姿にはなれるだろ」

「誰がやるかよ、ばぁか」


 開いた胸元に手を置くと、小町はぷいとそっぽを向いてしまった。初めはあれほど容易に見せてくれたというのに、最近は色気をかましてくることも少なくなった。単に友達程度としてしか見られていないのだろうか。ならばここは一つ、男の威厳を見せにいくとしよう。


「なあ、小町ってどういう服が趣味なんだ?」

「レザーとかスタジャンとか、スキニー履いて、大体黒色がいつもの定番――」

「パンツは白なのに?」

「うぐっ……」


 否定も肯定もすることなく、ただ赤らむだけの小町とは、かれこれ出会ってから二か月が経つ。その間に見せた創作の中に於ける、小町が好むキャラクター像。そして日常会話の端々から感じられる、小町が憧れる人物像とは――


「清純な感じとか、小町に似合いそうだけどなぁ」

「はぁ? この私が清楚な格好だなんて馬鹿馬鹿しい。皆に笑われちまうよ」

「笑う奴なんかいないだろ。俺はそういう姿も、見てみたいけどな」

「……だけどさ、今更だろ」


 死してしまってはもはや、そんな憂いを滲ませる小町だが、けれど霊にも届くとされるものが一つある。それはお供え物という概念。俺はお供えの呈を為した、プレゼントを渡してみようと決心した。


 その内緒の決心を境に、日雇いのバイトを増やすことにする。せっかくのプレゼントなのだ、二束三文の服など渡せない。参考に駅ビルのセレクトショップを覗いて見たが、さらっと掛かる何気ない一着、それがパソコンすらも買えてしまうとは、思わず腰を抜かしてしまった。


 だけど服なんて着れればそれでいいだろうと、そんなことは思わない。俺だってある人から見れば下らない、フィギュアやカードにガチャの数々、多額のお金を浪費してきた。車だってそう、食べ物だってそう、乗れればいい、食えればいい、金の使いどころは個人の自由で、誰にも咎めることはできやしない。お洒落に金を使うことも、女の子にとっては大事なことだ。


 日によっては数件の仕事も受けて、過酷な肉体労働漬けの日々を送る。同時に引き籠り生活で鈍った身体は、徐々に悲鳴をあげていく。


「なあ、最近顔色があまり良くねぇぞ。仕事をはじめたのはいいことだけど、あんまり無理はするなよな……」


 ――と、眉を垂らして上目遣いを。それさえあれば、くたびれた俺の身体は瞬く間に蘇る。今は心配に曇る眼も、いざプレゼントを前にしたらどうなるか。それがとても楽しみで、生きる活力は増していく一方。


 そうして遂には目的の金が溜まり、その額なんと十万円。社会人にはありふれた金額も、ニートだった俺には超が付くほどの大金だ。さっそく金を引き落とし、これでトータルコーデを揃えようと、爽快に駅ビル目指して路地を駆け抜け――


「ねぇねぇ」


 茶けた換気口が唸りをあげ、アートという落書きがやたらと目に付く。人気のない陰るビルの合間で、俺を呼び止める男が三人いた。でかいのに中くらいのに小さいの、統一している点は体型以上にだるだるな服装と、いやらしく歪む邪な笑み。当然、陰キャな俺の知り合いではないのだが、馴れ馴れしく肩に腕を回すと、煙草の煙をふかしつけてきた。


「ごほっごほっ……」

「あぁあぁ、悪い悪い。それに怖がらなくていいんだよ。ただちょぉっと、頼みがあるだけなんだ」


 とても、嫌な予感がする。これは過去にも嫌というほど味わった、お願いという名の、強制的な搾取なのでは……


「お金貸して欲しいんだよ、ね? さっき下ろすところ見ちゃって、ね? やっぱり人って助け合いが大事だと、君もそう思うよなぁ? なぁ!?」


 人との繋がりを語る男は、軋むほどに肩を締め上げる。見ている二人も愛想良く、笑みを浮かべながらに固める拳が音を鳴らした。


「これは大事なお金で……渡す訳にはいかなくて……」

「なになにぃ? どうせキショいフィギュアとかに使う金なんだろ? そんなことより人助けしようよぉ、その方がぜぇぇぇったい、君の為になるってぇ」


 これまでの人生、さんざん人に金をやったが、しかしこの金は、これだけは渡せない。俺が稼いだこの金は、小町の為の金なんだ。決して薄汚れた不良なんかに……


「わ、渡せないよ……君たちに渡しても、俺の為になるはずない――」

「なるよ、渡せば死ななくて済むじゃん。とっとと出せよ、マジで殺すよ」


 こ、怖い。胃が縮みあがって、身体の震えが止まらない。だけれど死ぬとか殺すとか、威勢のいいこと言ってるけれど、本当に人を殴ることなんかできるはずは――


「おげっ……」


 鋭い痛みが腹部を走ったかと思うと、直後に猛烈な吐き気が込み上げる。


「げぇえぇぇぇ……」

「きったね、ちょっとは加減してやれよ。前もそれで、入院した奴がいただろ」

「ムカつくんだし仕方ねぇだろ。こういう生意気な奴、まじで殺してやりてぇ」


 痛い痛い痛い痛い……苦しい苦しい苦しい苦しい……


 ほ、ほんとに死ぬ、死んでしまう。仮にここで金を渡せば、それで俺は助かるのだろうか。認めても認めなくても、どのみち奪われてしまうなら、金を渡してしまった方が、痛みがないだけマシなのでは?


「はぁい、これで分かった? じゃあとっとと有り金を渡して――」

「い、嫌だ……お前らなんかには、絶対に渡さない……」

「――――は?」


 どのみち奪われてしまうなら、痛みの少ない方を俺は選ぶ。身体の痛みは一瞬だが、心の痛みは生涯に渡る。小町の期待に応えると、それが俺の決心で、絶対に曲げることはできないのだから。


「ばぁあああか! キモいのはてめぇらだ! この金使って、どうせヤルことしか考えてねぇんだろ。金が無けりゃあ、てめぇらの相手なんざ誰も――ぷげっ……」


 顔面にめり込む鉄の拳。直後に激痛が迸るが――小町、俺は決して折れたりはしないよ。君の為なら怖くない、どんな奴にだって立ち向かって見せる。 


「てめぇえええ! マジで覚悟しろよ! もう金だけじゃ済まさねぇ!」


 その後は三人がかりで、腹を殴られ顔を蹴られ、四肢に背中や頭まで、全身を余すとこなく痛め付けられる。全身打撲の上に金も奪われ、冷たいアスファルトに突っ伏す無様は、誰の目からしても敗者としか見えないだろう。


 だけどこれは何物にも代え難い、今生における初の勝利だ。金よりも何よりも、真に大事なものを、俺は守り通すことができたんだ。


「小町……悪いが、服は買ってやれねぇ。だけど君を好いたこの気持ちは、紛れもない本物だということは……今まさに証明されたよ……」

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