望まれたパシリ
その翌日からというもの、小町と会うのが俺の決められた日課となる。時間は特に定めていないが、動けぬ小町はいつ何時も暇している。まるで事情は異なるも、仕事をしないニートにする必要のない幽霊と、表面上では似た者同士という訳だ。
初めの内は会話だけに留まるも、その内に動画を見たり、漫画を見たり、しかし電子書籍は小さく見づらいと、埃まみれに漁り出した、漫画本を持っていくことに。
「おい、漫画を持って来たぞ」
「サンキュな。自分でページ捲れねぇからよ、いいと言ったらページを捲れよ」
幽霊の小町は漫画はもちろん、何にも触れることはできなかった。仕方のないことなのだが、まさかページ捲りまで任されるとは、パシリの最盛であった学生の時でも、ここまでの世話はしなかった。しかし違いはそれだけでなくて、こき使われておきながらに、俺は充足感をも感じている。
「おいこれ、私の希望したやつと違うじゃねぇか。私が見たいのは熱いヤンキー漫画で、こんな萌え豚共がきゃあきゃあ喚く、寒い漫画じゃねぇんだよ」
「いいからいいから、見てみろって、面白いんだから」
「ちっ……仕方ねぇな……」
嫌ならそれで突き返せばいいはず、しかし小町はそれすらもできない。かといって他にやることもない訳で、しぶしぶ漫画を読み進めていくと、次第に変化が訪れる。
「ぷふ……」
「な、おもしれぇだろ?」
「ち、違ぇよ……下らな過ぎて笑っただけだって」
「じゃあ読むのは止めて、別の漫画にしようか」
「いや……途中で止めるのはあれだろ? 筋が通らねぇ。だから最後まで読む」
「はいはい……」
そうして続きを読んでいく内に、くすくすとした笑いには声が伴うようになり、決めの見開きが目に飛び込むと、遂には腹を抱えながらに、大口を開けて声を張る。無邪気に喜ぶ小町を見ると、俺の口角も自然と吊られた。
「あはは……悪かったよ、おもしれぇわ、この漫画。だけどさ、信夫まで笑うのはよしとけよ。ここは大通りの道沿いで、おかしい奴だと思われちまうぜ」
零れる涙を拭う小町、思わず見とれてしまっていたが、見れば訝し気な視線を送る歩行者たち。こういう蔑みの視線が嫌で嫌で、俺は引き籠りをはじめた訳なのだが、しかし今の俺は独りじゃなく、小町が傍に付いている。
「構わないよ。どうせ元々、俺は皆の笑い者だからな」
するとあれほどに楽しそうにしていた小町は、緩んだ口を一文字に結ぶと、神妙な面持ちをこちらに向けた。
「私が構う、だからやめろ」
瞬間の緊張に空気が凍り、冷や汗がなぞるのを首筋に感じた。かと思うと直ぐに小町は視線を落として、ページを捲れと催促する。
「誰だってよ、ツレが馬鹿にされんのはムカつくだろ。捲れ――」
「わ、悪かったよ……気を付ける」
「次からはさ、会うのは夜にしとこうぜ、少しは人目もマシになるだろ。捲れ――」
「うん、そうする」
叱られてしまって、でもその怒りは俺の為であって、今まで怒りなんて、ただのむしゃくしゃの発散だと思っていて、けれど怒られて心温まるなんて、俺には初めての体験だった。
慕情にちらと横顔を覗くと、笑いを堪える小町は、ぷっくりと頬を膨らませており、それがあんまりにも愛しくて、思わず笑みが零れてしまったのだった。
「だからよ――」