オタクは純愛を望む
出会って早々、恋人の関係を築くことは難しい。そのくらいはリアル恋愛未経験の俺でも分かることだ。だが前段階の友達ですらなく、小町にはなんでかパシリ認定されてしまった。荒んだ学生時代を思い出すようで、なんだか少し心が痛いが、しかし小町に後ろ盾はなくって、大衆の目に怯える必要もない。
「パシリって……勝手に決めるなよな。俺はこう見えても忙しいんだから」
「別に仕事の邪魔まではしねぇよ。けど信夫、お前は一体何をしてんだ?」
それを問われて、今もなお仕事の真っ最中だ。誇り高き自宅警備に励む為の、籠城物資を整えに来た次第である。
「在宅ワークだよ、最近流行ってるだろ」
「ふぅん、よく分からねぇけど、社会人にも流行ってあるんだな」
もの知らぬ小町は、あどけなく首を傾げて見せる。そして小町は地縛霊であり、ここを動けぬ身なのだ。ニートだなんて恥ずかしいし、嘘を言ったところで調べる手段もないだろう。ここは小町に好かれる為にも、一ついい男を演じていよう。
「しかしなんで、小町はここはここから動けないんだ?」
「それが分かったら苦労しねぇよ。幽霊なんかにゃ詳しくないけど、俗に言う未練とか、そういうもんじゃねぇの?」
うぅむ、語る仕種にさらさら未練は見えてこないが、それを解決すれば、小町は成仏でもするのだろうか。まあ、俺は除霊師でもなんでもないし、好いた小町を成仏させようなどと、そんなことは微塵も思わないけれど。
だが、未練を解決するかどうかは別として、一つ気掛かりな点はある。それは小町の死んだ理由のことだ。死者にそれを聞くのは失礼なのかどうなのか、そんなマナーなどこの世には存在しないが、しかしなんだか気が引ける。
「あのさ、その……」
「なんだよ、歯切れが悪いな。死に方でも聞きたいの?」
「え? あ……うん……」
「事故っただけだよ。ツレのバイクのケツに乗ってて、それで車にぶつかった。死ぬほど痛くてビビったけど、マジに死んじまうとは思わなかったよ。道脇に花が添えてあるだろ、あれが私の花なんだ」
三度振り返ると、道沿いのガードレールの支柱に括られる、菊の花が排気に揺れていた。つまりこの場所がまさしく、小町の死亡現場だということ。
「あんまニュースにもならなかったのかな、しょうもねぇ悪餓鬼の生死なんざ」
「俺、あんまニュースとか見ないから。でもこうして小町を大事にする人は――」
すると首を左右に、靡く長髪は霊気とされる、柳のように頼りない。
「それはな、どっか知らねぇ地味で根暗な女の献花だ。ありがてぇことだけど、以外の花ははじめのはじめ、枯れてそのまま捨てられちまったよ」
「そんな……」
「母子家庭だし、荒れた私なんて目の上のたんこぶだ。今頃ババアも、いなくなって清々してるだろうよ。ツレの連中だって、いっつも見るのは身体ばっかで、今頃は次の女の尻でも追ってるさ」
やさぐれているようで、小町からは歳に不相応な悲壮を感じる。しかし小町はこれほどに美しいのだ。今は気に病んで滅入ってしまっているが、誰も気に留めないなんてことはないはず。
「そんなこと……小町を想う人は何処かにきっと――」
「いねぇって、オヤジはとうの昔にババアと私を捨てたし、その後は友達もいなくって、だけど発育が進むと掌返して、鼻の下のばした男が擦り寄って来る。信夫だって私の身体が目当てだったろ? 思う人間はいてもよ、想う人間は一人もいないよ」
「それはその……俺は……」
「ああ、別に信夫を悪く言うつもりはねぇよ。私がそうして生きてきて、そういう生き方は結局こうなる。死んで今さら気付くなんてよ、後悔しても遅いっての――」
「俺は違う!」
唐突に声を張り上げ、小町はぽかんと呆気に取られた。そんな無垢な少女の霊は、一つの大きな勘違いをしている。俺が身体目当てだと、下心ありありで近付いたと、あわよくばやりたいなどと。しかし俺は違うのだ、一般大衆とはまるで異なる。なぜなら俺は国民の義務である、仕事というものをしていない。
「俺の正体を教えてやろう。俺はな、ただのオタクで引き籠りのニートだ!」
「は? さっきは在宅ワークがなんちゃらって……」
「嘘だ! あれは見栄だ! 恰好つかないと思って嘘吐いたんだ!」
すると呆けた眼は侮蔑に変わり、騙されたと知った小町は、やにわに眉を顰めた。
「なんでわざわざ話したよ、私にはそれを調べる方法もないっつうのに。私に嫌われたくてそうしたのなら、とっととこの場から立ち去れば――」
「違うね、俺は信頼を得る為にこれを話した。俺は小町を好きだと言って、本気であることを示す為に、ニートであることを打ち明けたんだよ」
本音を話すことが誠実だと、しかし世間一般に考えてみて欲しい。正直なニートという存在、プラスに転じるのではなくマシなだけ。
「馬鹿かよ、ニート風情が。騙していたことには変わらねぇし、引き籠りなんかを私が好きになる訳ないだろ」
その通り、正にその通りだ。だから俺の告白は、ここから先が本番だ。
「馬鹿はお前だ、小町。どんな人間だって嘘は吐くし、自分を騙しもするだろうよ。そんな経験ないとは言わせない。誰しも必ずあるはずだ。気を引きたくて色気で誘った、寂しさを騙して強がった、今の小町みたいにな」
「だ、騙してなんか……」
小町はここで死んだ後、一体どれほどの時が経ったのか。その間は誰一人とも話せない。きっと孤独で、とても寂しかったはず。この俺をパシリとしたが、けれど仕事の邪魔はしないだなんて、それはただの構ってだ。知らない女の献花と言ったが、悪態を吐く癖に有難いともしていて、更には自分の花だと愛着を持つ。
この寂しさを抱える幽霊は、類稀なる美貌を持ち、ツンケンしながらも芯の部分に優しさを宿す、完全無欠の美少女キャラで、つまり目的は尊さなのだ!
「もう一度告白するぞ。俺は二次元にしか興味を抱かなかった、二十歳過ぎの引きオタだ。小町の見た目はもちろんエロいが、だからどうした。そもそも俺たち誇り高き種族はな、端からヤルことなんて度外視だ。可愛くてエロくて、例え指先一本触れられなくても、小町というキャラクターを愛しており、そんな小町は俺の嫁だ!」
嫁とはネットスラングで推しキャラを指す。軽々しく口にされる言葉だが、しかし元の意味合いはまさしく嫁。真実の愛を誓いし、最愛の者と決まっている。
「ふふ、くっそキモいんだよ。童貞の癖に熱くなりやがって。けどまあ、面白い奴は嫌いじゃないよ」
「じゃあ、付き合うことを認めてくれると?」
「それは絶対ありえねぇ。だが、引き続きパシリにはしといてやるから、ちゃんと言うことを聞けよな」
「ふひっ、仰せのままに」
俺はお化けが見えてしまった、その幽霊はエロ可愛い。だから俺は逢瀬を楽しむが為に、引き籠りの殻を破ったのであった。