お化けが見えてしまった、その幽霊はエロ可愛い
その日、俺は人生で初めてのお化けを見た。繁華街の道沿いにある一つの空き地。そこでガニ股広げてうんこ座りをしている。そんな少女のお化けに出くわした。
学生らしいモノトーンのチェック、けれど風俗には反する短丈のスカート。ハリのある艶やかな太ももに続く、清き純白に釘付けとなる。自染めには不慣れなのか、色調のまだらな金髪に、着崩す制服も相まって、傍目に見れば不良そのもの。そんな少女の眉がきりりと吊ると、緩み切った俺の垂れ目に向けてガンを飛ばした。役得だったが、絡まれるのも面倒だ。視線を伏せて、おずおずと立ち去ろうとするものの――
「おい、てめぇ、逃げんじゃねぇよ」
まずい、呼び止められてしまった。少女はすくと立ち上がると、こちらに来いと手招きをしている。このまま走って逃げてしまいたいが、仲間を呼ばれたら厄介だなぁと。ここは穏便に、素直に謝って見逃してもらおうと、その時の俺は考えていた。
「すみません、あんまりにも麗しきお股なもので……」
「聞いてねぇんだよ。それよりてめぇ、私のことが見えるのか?」
「…………は?」
不良に見えたが、存外この子は不思議ちゃんなのだろうか。そして見えるのかというその質問、見ないという選択肢が俺にはない。別におパンツならなんでも良いという訳ではなくて、この俺は二次元としか恋をしたことのない、根っから真の陰キャだからだ。
だったら余計にパンティなら、なんでも良いだろと思われるかもしれない。けれど違うのだ。二次元相手に肥やされた目は、完璧美少女しか受け付けないという、根暗をさらに助長する、厄介な特性を身に着けてしまった。
よって目の前の不良少女は、言葉遣いこそ汚いものの、見た目は画面の中から飛び出てきた、完全なる美少女を体現している。染め方には不慣れを感じるが、しかし日本人だというのに様になる金の長髪。整う目鼻は漫画のエルフで、おみ足はアニメの魔女の色香を、そして着崩すシャツから存在を主張する、官能小説で言うところの双丘や風船、メロンにスイカ。とにかく丸くてでかけりゃなんでもいい。それがふたぁつ、たわわに実っていらっしゃる。
「そりゃあ、君のような美人を無視する人間は居ないだろうよ」
「だったらよ、少し回りを見渡してみろよ」
はてと、言ってる意味はよく分からないが、言われるがままに辺りをぐるりと見渡してみる。が、そこにはいつもと変わらぬ街の風景が続き、忙しなく人や車が、ひたすらに道を往来するのみだった。
「なんもないけど、いったい君は何が言いたい……って、うひょぉおおお!」
視線を元に戻してみると、はだけたワイシャツを両手に広げて、誇り高き∞の文字が主張していた。さすがに白の衣に吊られてはいるが、頼りないホックなど今にも弾ける、そんな溢れんばかりのハリと重量感。数字の苦手な俺でさえ、封じることのできない極大を表す、無限の意味を即座に悟る。
「ぷ、ぷるんぷるんの……もっちもち……」
「ばぁか、まじまじと見ちゃってキモいんだよ。触りたけりゃあご勝手に」
「ままま、まじで! いやしかし、君は未成年だし……」
「もはや未成年も糞もねぇからさ、安心しろよ。ほらほら、挟みてぇもんもあるんじゃねぇの? 逃げも隠れもしないからよ」
まさかこの歳になって、ひねくれにひねくれた嗜好となって、こんな僥倖に巡り合えるなんて。では早速、いただきまぁす――って……
いやいや、ちょっと待て。いくらなんでも美味しすぎる。これはまさか、俗に言うハニートラップでは? 触らせた後で金を求める、そんな魂胆があるのでは? しかし万が一にも真実だとしたら、くぅぅぅ……もったいなすぎる。
情夫や仲間でもいないかと、再び後方を振り返り見る。けれどやはり変わりはなく、人と車が行き交うのみ。そりゃあ目に付くところにいるはずはないか。怪しい人もいなければ、誰一人としてこちらを見ていない。
誰……一人として……
目の前にはシャツをはだけ、下着を露わにする女子高生。公然と胸を晒け出して、それでいて誰一人見向きもしない。それって滅茶苦茶、おかしくないか? むしろ視線が集まるのが自然であって、今の状況は不自然過ぎる。まるで少女の存在が、透明人間か幽霊のように――
少女の誘いに応じて、恐る恐る手を伸ばしてみた。そこに色目や邪な感情はなく、掌は未知に震えている。そして指先が肌に触れたかと思うと、あるべき柔らかな感触を突き抜けて、少女の背中に生える腕は、翼のように空を掴んだ。
「残念だったね。まあ、途中で気付いちまったようだけどな」
「君は……幽霊。この場に居座る、地縛霊なのか……」
こくりと一つ頷いて、少女は再び腰を屈める。
「その座り方やめろよ、目に毒だ」
「はは、誰にも見られねぇからよ、いつからか気にならなくなっちまったよ。つっても露出癖はねぇからさ、勘違いはするなよな」
純白の下着が、底知れぬ谷間が、そして見上げるヘーゼルアイは、まだらな髪色に馴染んで印象的で、ふっと息を漏らす悪戯な笑みは、ひねくれた心を虜にした。
「好き……」
「はぁ?」
「俺、君が好き」
「カタコトじゃねぇか、私は別に好きでもねぇよ」
不器用な告白に鼻を鳴らしてそっぽを向く、そんな少女は愛した二次元たちと同じように、決して触れることはできない存在だった。しかし少女には一つだけ、架空のキャラクターにはない大いなる魅力を秘めている。それは言葉を話して、そして俺の言葉に返してくれる。その内容が辛辣だろうがなんだろうが、それだけで俺の欲求は満たされていく。
「けどまぁ、暇なことは間違いねぇ。今日からお前は私のパシリだ――えぇと……」
「信夫だ。そういう君の名前は?」
「小町だよ。っつうことで、ちゃんと言うことを聞けよな、信夫」