1931年11月〜12月 ラピッドシティ虐殺と二足歩行戦車の誕生、第二次大北方戦争の始まり、そしてマン・ダグラス停戦条約の成立。
趣味で書いているので温かい目で見守ってください。
1931年11月2日 アメリカ共和国の大統領直下の軍隊「デンバー憲兵隊」がアメリカ共和国占領下のラピッドシティで黒人と共産主義者を虐殺(それ以外の人々はデンバー憲兵隊によって追い出された)
死者数 10万人(ほとんどが黒人の人々)
1931年11月6日 ポーランドにてある兵器が誕生した。
その兵器はドイツ人のフェルディナント・ポルシェ(ドイツの戦車の設計にも関係した人)ポーランド人で、この兵器の第一人者のヘルディナンド・シュワルツコフ(オリジナル)、異業種なのだが三菱から「一回異業種のやつやって経験をつけよ!」と言う謎過ぎることを言われて飛行機ドナドナされてポーランドでこの兵器に携わる羽目になった堀越二郎。
この三人が開発し、誕生させた兵器は「歩行戦車」である。
元々その前に作られたオートマタと言う自動人形を作ったシュワルツコフはドイツと日本の依頼で、この歩行戦車を完成させる。歩行戦車の誕生した初期の形をある転生者が見たら「これア○アン○ーベストの二足歩行戦車じゃねぇか」
何に似てるかと言うとあのゲームに出てる二足歩行戦車である。(ここから何か言うと謎の力によって危ない事になるので言わん)
(ヒント 使ってる国はポーランドを元にした国)
この歩行戦車の誕生によってこの世界の戦争が変わる事になった。
歩行戦車の名前は「グスタフ1」と呼ばれた。(ポーランドでは「シュワルツコフ」、日本では「初期型二足歩行戦車」と呼ばれた)
1931年11月8日 ラピッドシティ虐殺によって第二次アメリカ内戦はどんどんカオスになる事が確定した。
まずこの行為にアメリカ労働組合連合は大激怒、アメリカ軍事政府と停戦した。アメリカ共和国を潰す為に、アメリカ軍事政府側にある軍隊を一部アメリカ共和国側に転進させる。
そしてアメリカ連合国では白人至上主義者と黒人至上主義者、そしてそこに関係ない白人と黒人が大規模な人種暴動に発展、あちこちで大暴動が起き、これにヒューイ・ロング総統はアメリカ軍事政府と停戦、軍隊を使って暴動の鎮圧、治安維持を行った。
この結果アメリカ軍事政府は戦争が停戦した事により安心したが……………………
1931年11月9日 突如としてカナダ軍(亡命イギリス軍も一緒)がニューイングランド地方へ進駐!
前日に停戦してた為に気が緩んだアメリカ軍事政府は何も対処できず、ニューイングランド地方はカナダの占領下になってしまった。
これによりマッカーサー臨時大統領は失脚、この結果新しい大統領として就任したのはクーデター時に捕まってしまった
ジョン・ナンス・ガーナーである。(これにより軍人ではない人が大統領になった事でアメリカ軍事政府は名前を「アメリカ合衆国臨時政府」と変えたが軍事独裁政府である事は変わってはいなかった)
これにより大統領になったガーナー臨時大統領であるが、傀儡であるのでそんなに仕事がなく、大事な仕事は失脚したが軍の最高司令官であるマッカーサー前大統領である。
1931年11月14日 テキサス共和国初代大統領にテキサス出身であるウィリアム・H・マレーが就任した。
早速マレー大統領はアメリカ共和国に逆侵攻を行い、今の戦争を終わらせようとした。
1931年11月16日 大日本帝国政府は国家公安省の下に「海上警察庁」ができる(海上保安庁みたいな)
それと同時に現与党の影響が強い労働組合が多くが合体し、「日本管理労働組合連合会」が成立、この結果新生民主党に新たなる支持母体が誕生した。
1931年11月23日 テキサス共和国からの逆侵攻で被害を被ったアメリカ共和国はアメリカ労働組合連合が来るため、テキサス共和国と停戦した。
1931年11月25日 単一国がフィンランドに再侵攻。これに危機感を持ったノルウェー王国、スウェーデン王国、デンマーク王国はフィンランド側にたって参戦、あとに「第二次大北方戦争」と呼ばれた長い戦争が始まった。
1931年11月26日 樺太道も千島県成立による衆議院選挙が起きました。(比例から分捕ったので野党は大迷惑)(これと同時に新人候補者応援選挙制を廃止した)
まず比例を減らされて選挙をやる羽目になった地域では全て現与党の新生民主党が当選!野党はここで大負けした。
そして新しくできた樺太と千島の小選挙区選挙と比例選挙区選挙では、樺太道と千島県の20議席を立憲民政党が独占、ちょっぴり拡大した。
新生民主党 400議席を維持
立憲民政党 60議席から80議席(なんか知らんが増えたぞ)
皇国民主党 60議席から50議席(減っちゃった)
民主労働党 60議席から50議席(減っちゃった)
組合民主党 変わらず(選挙をしなかった党)迷惑を被ってない。
国民民政党 変わらず(選挙をしなかった党)迷惑を被ってない。
1931年12月2日 亡命イギリス軍がアイルランドに上陸、それと同時にウェールズの革命軍をブリテン帝国軍が撃破、ブリテン島から敵を追い出した。
上陸されたイギリス連合は亡命イギリス軍の怒涛の侵攻、上陸により機能不全と化した。
1931年12月9日 イギリス連合国臨時首都ダブリンが陥落、イギリス連合国はベルファストに移転したが、続々とイギリス人民軍が降伏していき、残ったのはベルファストにいる人民陸軍の中で国家元首を守る「革命防衛隊」だけとなった。
1931年12月16日 ベルファストがブリテン帝国軍により陥落、北アイルランドをブリテン帝国が、それ以外のアイルランドを亡命イギリス(カナダ自治領)が占領した。
(国家元首のフィリップ・スノーデンと政府官僚、革命防衛隊はポルトガルコミューンに亡命した)←(そしてポルトガルに亡命政府を樹立させた)
1931年12月18日 カナダ自治領軍とブリテン帝国軍はアイルランドを占領後、戦闘へ突入、熾烈な戦闘が各地で行われた。
1931年12月22日 ベルファストがカナダ自治領軍により陥落、北アイルランドを失ったブリテン帝国は置き土産としてベルファスト中に仕掛けた爆弾を爆破させた。
これによりカナダ自治領軍はどえらい被害を被り、軍隊が崩壊、そしてブリテン帝国はカナダ自治領軍と同じく軍隊にどえらい被害であり、これにより両国継戦能力が無くなった事で両国は停戦交渉を開始した。
1931年12月25日 停戦交渉場所としてマン島のダグラスが選ばれた。そして話し合いを行った結果、「今日を持って両国は停戦し、領土も占領してる地域で停戦」と決まり、両国の軍人、外交官が署名し、ここに「マン・ダグラス停戦条約」が成立した。
内戦は停戦になり、戦争は止まったが両国は憎しみ合う関係になる事になった。
この世界のイギリスは不幸となったが、イギリスの歴史の数々であらゆる悪行をやったのだから因果応報である。このように史実で繁栄を謳歌した国家は混沌と化し、この世界はあらゆる意味でカオスである。
日本のテレビ放送とラジオ放送での緊急速報
臨時ニュースお届けします。臨時ニュースをお届けします。
たった今から衝撃な出来事を報告します。
「大清帝国の宰相、鄭孝胥が暗殺されました!」
ようこそカオスの世界へ!(そんな世界には行きたくはないがスリルが凄そうだから行こうかな?)←行くな(切実)




