その三
ギルマスの執務室という名の、実際のところ来客時に使われる応接間は、当然椅子やら何やら色々あるはずなのだが、廊下にほっぽりだされているらしい。
何でも、今は家具を置くスペースすら惜しいそうだ。どんだけだよ。
というわけで俺たちは、各々が床に座るために、スペースの確保をしなければいけなかった。
「アイシアさん、この辺の書類粉砕してください」
「これも頼む」
「別に良いけど、王の署名入りの書類なんて捨てて大丈夫なの?」
「だから、アイシア嬢に頼んでいるんだ」
「アイシアさんなら、罪に問われませんからね」
ご先祖さん達も、大掃除のために竜卿に権力を与えた訳じゃねえだろ……。
色々と怖いから、口出しはしないけど。
尚、もしアイシア以外がそんなことをすれば、バレれば反逆者認定待った無しである。お手軽すぎる反逆行為。
アイシアが粉砕した書類の山は、ギルマスがどこかから持ってきた袋の中に詰めこんだ。
ようやく、今回の依頼についての説明を聞ける段階になった。どうでも良いことに時間食いすぎだな。
ギルマスとユリアが隣り合わせで、俺とアイシアはそれに向き合う形で座っている。
依頼人であるギルマスは、感情の色が読み取れない表情で口を開いた。
「先ほどお二人に言ったことが全てです。屋根の件の原因を究明してください」
「それだけ?」
ギルマスの端的な説明にたいして、アイシアもシンプルに疑問を投げ返した。
俺と、アイシアを一緒に動かす時点で、裏があると考えるのは当然だろう。なんせ、アイシアは当然として俺に依頼を出すのにも、かなりの報酬が必要になる。多分ギルマスの自腹ってことはないだろうけど、予算には限りというものがあるので、俺達をこの件に関わらせる意図が必ずあるはずなのだ。
「ええ。強いて言えば、迅速な究明を期待しています」
うーん、まだはぐらかしてるなこの人。
俺もギルマスを追及するかと思ったのだが、それより先にユリアが。
「クリス、色々めんどくさいぞお前。もっと簡単に説明できるだろう」
「あなたは黙っていて下さい」
「こいつ、今回の件の処理を誤ればクビになるんだ」
ユリアは、ギルマスを親指で指してから、首を掻ききる仕草をした。
「クビ?」
「そう、クビ」
「ユリア……黙ってて下さいと前もって頼んだはずでしたが」
「頼まれはしたが、了承はしていない」
予想以上にめんどくさそうなことになってるのね。
「何でそんなことになってるのかしら。想像はつくけれど」
「アイシア嬢の想像通りだと思うぞ」
「暇なの?」
「我々は足の引っ張り合いが本分みたいなところあるからな」
アイシアは、呆れた顔をしてため息を吐く。ギルマスはなにも言わなかった。
因みに俺は何も分かっていない。教えて、アイシアさん。
「ほとんど想像で良ければ説明してあげるわ。まず、ギルマスって敵が多いのよ」
「あー、まあ、そうだろうな」
「君は僕のことを何だと思っているんですか」
俺の口からはとてもとても。
「まあ、性格のせいもあるとは思うのだけれど」
「アイシア嬢、クリスの血管が切れる前に本題に入ってやってくれ」
ユリアがギルマスをなだめていた。珍しい光景だ。
「ギルドマスターの立場を欲しがってる連中、意外と多いのよ。そのやっかみね」
「なるほど?」
ギルマスを見ている限り、あんな激務をこなさなければならない役職なんぞ欲する変わり種も結構いるんだな。
「それで、今回の件とギルマスのクビにどう繋がるんだよ」
「分かりやすい失態だからだ」
ユリアが答えてくれた。ギルマスは、眠っているので静かだ。今の一瞬でなにがあったかは聞かない。ユリアが、なぜハンカチを手にしていたのかは、気にしてはいけない。
「失態?」
「そうだ。仮にも魔狩りという戦力を保持している組織の施設が、何者かに攻撃されたんだぞ?しかも、犯人を捕まえられていないのは手落ち以外の何でもないだろう」
「え、犯人いんの?」
魔獣の仕業だと思うんだけど。
「私も十中八九魔獣の仕業だと思うわ。特に今は環境が不安定だから、予測できない事態が発生しやすいし」
「だがな、覚えておけケイト。我々貴族は、少しでも隙があればそこから相手を引きずり落とすのに躊躇はしない。結局のところ、今回会館の屋根に大穴が空いた原因なんてどうでも良いんだよ。欲しいのは筋書きなんだよ。クリスが無能であるということさえ、こじつけでも何でも良いから、証明できればな」