魔狩りの日常
昼間の日差しは、一時期よりもずいぶんと和らぎ過ごしやすい気温になってきた。久々の空き時間に、羽集めしようと思っていたのだが、心地よい気候に全てがいやになったので自主的に今日は休むことに決めた。サボりではない。
文明喰らい撃退の依頼から、実に一月が経過した。その間、俺は目まぐるしい日々を送っていたかというと、そうでもなかった。
いや、まあ、怪我が治ってからの二週間くらいはすげえ忙しかったけど、それも復興作業中の護衛やら、素材集めやらで駆り出されてただけだから割りと平常運転だった。休みはなかったけど!
環境種は、ある意味で天災みたいな存在だ。その存在を、人間にほとんど被害無しで退けた─それも最前線で、自らの手で成し遂げた─魔狩りは、嫌でも注目される。
アイシアが良い例だ。あいつ、グッズまで作られてるし。
この時点で俺なんかは、「だっる!」と思うのだがまだマシな方で、名を挙げるためだけに暗殺者がこんにちはしてきたりするらしい。他にも、ギルドのスカウトが列をなしたり、見合い話がわんさかと持ち込まれたりと、色々大変なのだ。
だが、今回の俺にはなにもなかった。
ビックリするくらい何もなかったのだ。
「お前なんか知ってる?」
「いくらなんでもそんな唐突な問いかけに答えられるわけないでしょ。多分ユリアのお陰ね」
「答えられてるじゃねえか」
そろそろこいつの読心術が恐ろしくなってきた。
あなたが今私に聞きたいのはそれくらいしかないでしょ、と一月ぶりの竜卿様は肩をすくめながら地面と向き合っている。
「で、お前なにしてんの?」
「見てわかるでしょ、採取よ」
何でまた。
「どこぞの貴族と、ギルマスが私の知らないうちに暗躍してやがって、その仕返し用の薬を作らないといけないのよ」
「はあ?」
は?
「あの二人私がやりすぎて知の貴族の無能どもの攻撃の的になりすぎないように、裏でこそこそ動いて今回は魔法使いシノアの活躍ということで知の貴族の一部に借りを作って、ついでにあなたも目立ちすぎないように、勝手に調節してやがったのよ!」
「あー」
うん。それで?
「だから、お礼にあの二人を同じ部屋にまた閉じ込めようと思ってマッドに相談したら、素材が足りないらしくてここまで採りに来たの」
「そっすか、頑張ってください」
逆ギレというか、何だろう。こう、話に聞く反抗期みたいな感じ。普通にありがとうで良いと思うんだけど。俺も後で言っとこ。
「あなたも手伝いなさい」
「やだよ」
「拒否権ないから」
なんで?
◆
色々押し問答の末、結局手伝うことになった。もしかして俺、アイシアに弱すぎ?
幸い、必要な素材は見つかりやすいものばかりだったので、二人でやればすぐに終わる。
「はあー」
「きれいに雲が出てるわね」
「もうそんな季節か」
仲良く、ごろんと地面に寝っ転がると草で少しチクチクするが、結構快適だ。
「そういえば、アイシア」
「なに?」
「俺お前のこと好きだわ」
告白相手がむせた。
「大丈夫か?」
「あ、あなたが、いきなりこんなこというからでしょ!どういう心境の変化よ」
いやまあ俺も、引退するか死ぬ間際でしか、伝えるつもりはなかったんだが。
「欲が出たんだよ」
どうせ、俺もこいつも、一生魔狩りだ。
文明喰らいとの直面は、魔狩りが死と隣合わせだということを俺に再認識させるのには十分な体験だった。
「せっかくなら、生きている内に後悔は残しときたくない」
「あなたは、未練がある方が生き残れるとか言ってなかったっけ?」
ちょんちょんと肩をつついてから、隣の女を引き寄せる。温かい。
「どうせ、未練くらいならどれだけでも産み出せるだろ」
その証拠に、もう既に新しく未練が生まれている。この体温を手離したくない。
アイシアは、少しだけ俺の腕のなかで動いて、だらんと完全に力を抜いた。
「まったく……」
「それで、お返事は?」
「欲しい?」
当然だ。
「私も……一緒」
俺達は、見つめあって。お互いに引かれ合うように。
その距離を零にした。
夕焼けが、優しく降り注いでいる。
お付き合いありがとうございました
ひとまずこれで一段落です