その十六
文明喰らいを退けることには成功したのだが、残念ながら他の魔獣もそれに付き従うなんて美味しい話はない。いや、本当に一緒に持ち帰ってくれてもいいのよ文明なんたら君?
ということで、俺達はさっさとこの場から逃げ出すべきなのだが。
合流したアイシアは、俺の姿を認めるなりぷっつりと糸が切れたように、崩れ落ちた。
突然大きな隙を見せた彼女に襲いかかる魔獣から、すんでのところでその身体を俺の元に引き寄せる。
そして、
「はあっ!」
『GYAAA!?』
技もなにもあったもんじゃない、ただただ力を込めただけの枝の振り下ろしで、魔獣を怯ませた。小型で助かった。先ほど、環境種を相手にしたときの不思議な感覚の代償か、俺が作れた枝はとてつもなく頼りなかったので、それだけでへし折れてしまう。こういうときの便利アイテム煙石を投げた。
僅かに産み出された時間の間に、意識ははっきりしているらしい腕の中の女に俺は問いかける。
「アイシア、お前どんだけ動ける?」
「…………歩くのが限界、ね」
「やっぱ、そうか」
歩けるだけ、マシだが。
前はそのままぶっ倒れて、三日は起き上がれなかったし。
今回は、俺がアイシアのタイムリミットより早くに、事を終えられたのが功を奏しているのだろう。
「おんぶと抱っこどっちが良い?」
「おんぶしかないでしょ、両手を塞ぐわけにはいかないわよ」
まともな判断ができる程度には、意識がしっかりしているらしい。
背中に女の重みを感じる。そう言う意味じゃないからアイシアさん、首をキュッてするのやめてくれ。
俺もアイシアも武器は捨てていく。今は身軽なことが一番必要だからだ。あの弓の値段は考えないことにする。
「お前の爆弾、残ってるだけ全部ばらまいてくれ」
「腰のポーチに、入ってる分だけよ」
「じゃあ、合図するからポーチごと投げてくれ」
片手で俺の背中にしがみつきながらでも、それくらいは今のこいつでもできるはずだ。
数は減りつつあるとはいえ、それでも十数匹は優に越える魔獣に囲まれている。壁みたいになってるの、本当にやめて欲しい。
取りあえず、こっから抜け出さなければならない。
「投げろ!」
魔獣による包囲網に、投げ込まれたそれは、壁の至るところから赤い液体を垂れさせた。
壁に綻びができる。今しかない。
「それじゃあ、舌噛むなよ」
「魔獣に襲われて死ぬんじゃなくて、転落死かしら」
「なら、ここで死ぬか?」
「冗談」
そりゃそうだ。
俺たちは、この森でもっとも高い木から飛び降りた──。