その十四
流石というべきか、アイシアが固まったのは、ほんの僅かな間だけだった。
『Kyuaaaaaaaaaa!』
「ふっ」
木を登って俺達を襲いに来た魔獣を一太刀で葬り去る。
彼女は、ひとつ強く息を吐いた。
「10分」
「おう」
「これから、どれだけの魔獣が──例え竜が群れでここにやってきても、その間は一匹たりともあなたの元へは向かわせない」
いつも通り気負いのない、けれど自信に満ちた宣言。先程も同じことを言っていたが、少し違うところは、その金の髪が、金の瞳が、強く輝いていることだ。黄金色の火の粉が、彼女が息を吐くだけで爆ぜる。
正真正銘アイシアの本気──しかし、あまりにも消耗が激しく、この状態になってから数分後には気絶してしまう。
「だから、絶対にあなたがその矢を外すことは許さない」
「お前そこは普通優しい言葉かけるとこだろ」
「だって、私は普通じゃないもの。ああ、それともう一つ追加で」
黄金がバチリと音を立てると、魔獣の命が一つ刈りとられる。
「いつぞやの王都での賭けの景品なんだけど」
私を守りなさい。
そう言った女は、もうこちらを省みることなく、空と地面から殺到する魔獣共の群れへと消えていく。
「勝手に命預けていきやがった」
何て女だ。
他人にくっそ重いもの預けていくんじゃねえよ。だがまあそれはお互い様か。
それに。
「お陰でシンプルになった」
死なない、死なせない。
結局それだけの話なのだ。
◆
俺の魔狩りとしてのスタンスのせいもあるのだが、ある程度上位の魔狩りになってくると、まったくの新種の魔獣とやりあうことが多くなる。というか、竜種なんて大体未知の魔獣だしな。
そいつらを相手取るのに一番大事なことは、さっきの竜卿の様子から分かるかもしれないが、受け入れることだ。例えばやりあっている最中に腕が突然増えようが、小柄でつぶらな瞳をしているくせにえっぐい毒を放出してこようが、そういうものとして対処しなけれびならない。もし、あまりにも奇天烈な行動に戸惑って動くことをやめたりすると、簡単に命が失われる。要するに、どれだけ相手がイレギュラーな存在であっても、考えることをやめてはこっちがあっさりとやられてしまう程度には、魔獣と人間とでは隔絶とした力の差がある。
それを踏まえた上で、ひとつ言わせてくれ。
「嘘だろ?」
信じたくない事実が目の前に広がる。
あるところを境にして、荒野が迫り来ること?
違う。確かに驚いたが、環境種ならよくあることでもある。
数多くの魔獣が、その広がる荒野からまるで沸いてくるかのよう増えながら、進行を続けていること?
違う。この程度は、前もって予想できていた。そのために、ギルマスは魔狩り達を環境種の直接対処組と魔獣共の掃討組に分けたのだから。
問題は、シンプルが故に厄介だ。俺が射貫くべき対象の姿が、
「どこにいるんだよ!」
まったく見えない。
環境種があまりにも小さすぎるのか。
そもそも実体などないのか。
いずれにせよ、俺に与えられた白の矢は一本しかない。
どうする。
今からすると、とんでもなく恥ずかしいのだが、このときの俺は完全に失念していたのだった。
環境種への切り札は、もう一つあるということを。
奇跡をその手で引き起こせる紫瞳の女がいるということを。