その十二
環境種、今回の通称文明喰らいに対処するに当たっては二つ厄介な所がある。
一つは、環境種そのものだ。これは、多分誰が考えても分かる。そこに存在するだけで、地形やら気候やら変えてしまうからな。特に今回のは干魃とか普通に起こすし。
そして、もう一つ。ある意味でこっちの方が厄介かもしれない。魔獣どもとか他の動物達も大移動しやがるのだ。環境種が移動するということは、すなわち別の生物達の棲息環境が変動するというわけだ。そうなると、元からその土地に住んでいた魔獣達は環境種から逃げるのに命からがらマモノ化して大氾濫引き起こしやがるし、逆に新たな環境に適合する魔獣達は新天地を求めてお引っ越ししてくる。
そのため、二パターンの対処が必要で、俺たち──俺、アイシア、シノア、カイ、そして何故かユリア、は環境種の撃退がお仕事になる。
「さしずめ、私たちは少数精鋭部隊、どうせ死ぬならこれだけの人数にしとこうぜ!といったところですかね?」
「お嬢、機嫌悪くありませんか?」
「まあ、そう言うなシノア嬢。あっちの方が人数が必要なのは当然だし、環境種には数よりも質であるということは、君の方が承知しているだろう」
因みに騎士団の連中と師匠はあっち側らしい。どうも、もっと前から避難誘導とか護衛とか色々働いていたらしいが。
そして、我々少数精鋭部隊は現在、自らの足で移動していた。 馬とかあの辺りの動物達は使い物にならないからだ。つーか、氾濫鎮圧のどさくさで逃げ出したらしい。さもありなん。
俺たちの移動速度に合わせるためにシノアは、カイの火槍で空を飛んでいる。すげえなそれ。
ここまではまだ良い。問題は、普通についてこれているユリアの方だ。
「知の貴族じゃなかったっけ……」
「言っただろう?昔、魔狩りだったって」
「なんで引退したんだよ……」
「色々あったんだ」
答えるつもりねえな、これ。
しばらく移動し、一旦小休止をすることになった。各々が自由に身体を休めていると、
「ねえ」
それまで珍しく口数の少なかったアイシアが、口を開いた。静かな怒りをもはらんでいる声音だった。
「ユリア、あなたは何の為についてきたのかしら?」
「おや、アイシア嬢、そこのケイト君はともかく君は私がここにいる理由が分からないのかね?一応、臨時の監督官のつもりなんだが」
ユリアは飄々と、答える。なんか俺バカにされてねえか?
アイシアは、語気を緩めることなく、
「もう一度聞くわよ、ユリア。何が目的?」
「ふむ…………」
じりじりとにらみ合いが続く。
アイシアがここまでユリアを問い詰める理由が分からない俺は、もう一人の貴族に助けを求めた。
「監督官が基本的に知の貴族の手の者であるということは、ご存じですか?」
「ああ。基本的に騎士団所属だし」
「なら、話が早い。それはすなわちユリア様は監督官を勤めても問題はないということです。ですが、何せあのお方は王直属でして」
「あー、身分が高すぎるっていう」
「何か企んでいると竜卿はお考えになられているのでしょうね」
アイシアとユリアは普通に仲が良さそうなんだけど、知と武とかいう話しになると、まあ色々あるのだろう。よく考えればこの紫も知の方か。
そして、無言のにらみ合いを制したのは王の右腕だった。アイシアが先に視線をそらした。何か別のものを目にしてしまったというのが正しかったのかもしれない。
アイシアは自らの剣──今回は純白の剣を手に取り、
「っ!ケイト行くわよ」
「ちょっとまて、どういうこ」
俺がその質問を最後まで言う必要は、すぐになくなる。
パキリ、パキリ、地面がひび割れる音がする。生命の源が音を立てて吸いとられていく。
文明喰らいの姿は見えない。だが、世界が塗り替えられていくのが分かる。
「予想より動き出しが早い!」
「あー、もう!ユリア、終わったら全部教えなさい。始めるわ」
予測よりも早い接敵。立ち向かうのは、五名の人間。対するは文明を、生命を、吸い込みしもの。戦いの火蓋が落とされた。『第472号王都監督記録 砂上落としより抜粋』