その十
いじけたユリアは、部屋の隅でシノアとぐちぐち言い合っている。知の貴族同士、通ずる者があるんだろう。「脳筋どもが……」とか「情緒が理解できない……」とか、まあそれなりの悪口が耳に入ってくる。
「あそこの連中は放っておきます」
「賛成」
「賛成だけど……いいの?」
アイシアの当然ちゃあ当然の疑問に、
「はい。この距離でも聞こえてますし、環境種の」
「文明喰らい!」
ユリアが部屋の隅から叫んだ。ギルマスは、固有魔法で小さい鳩を作り出して、ユリアにぶん投げた。『po------』とか言いながら飛んでったな……。ユリアはそれをもふもふしている。
子供に与えるぬいぐるみかよ……。
「……文明喰らいに関しては、シノアさん達にとっては既知のことしかありませんので」
「ちゃんと言い換えてあげるんだ……」
「愛よ愛」
「うぉっほん!」
ちょっとふざけました。
アイシアと二人でペコリと頭を下げる。ごめんなさい。
「……話を戻します。文明喰らいについて」
コツコツと指で机を叩く音が響き渡る。
「司る環境は、乾燥です」
「乾燥?」
「はい。先ほどこちらの地形図が使い物にならないと言いましたね」
「ああ」
しかし、乾燥ねぇ。
なんか、いまいちどういう事が起きるのか分からねえな。肌が荒れるのか。
「ギルマス、ちゃんと説明しないとこいつ理解できないわ。多分、肌が荒れるとか考えてるわよ」
「なんで分かったし」
「本当に考えていたんですね……。それでは、端的に被害報告をしましょう。森がなくなりました。砂漠ができました。村が燃えました。残ったのは、灰と砂でした」
ちょ、ちょっとまて。
「森が消えた?」
あそこら辺は、密林だったはずだ。それも、古くからある。
「ええ。ですから昨晩この砦をマモノ化した魔獣達が襲撃したはずです」
つまり、環境が『乾燥』に強引に代えられたことで。
「そもそも、乾燥は要するに水分量が減少することですからね。それは空気中も地中も問いません」
「それで、砂漠……」
「はい。そして、空気中の水分量が減少したことで、火が燃え広がりやすく成りました。その結果、村は大炎上です。恐るべきは、それを引き起こした文明喰らいは、時間にして一日、長くても一日半しかそこに滞在していません」
ただそこに在るだけで、全てを塗り替えるのが環境種だ。
俺たちは、そんな強大なモノに一体何ができるのだろう。
「無論、対策はあります。切り札は、ケイト君と」
ギルマスは言葉を切る。彼の目線が、俺のとなりのアイシアを通過して部屋の隅っこにいく。そして、愚痴り合っている知の貴族の紫色の方を指し示して、
「シノアさんです」




