その五
環境種が、こちらに近づいていることもあり、魔獣どもの活動も活発化している。そのため、日夜問わず多くの魔狩りが砦の警備に駆り出されているのだ。
そんな中、俺は屋上で夜空を見上げていた。篝火の薪が、爆ぜる音が聞こえた。
すっと影が射す。
「休まないの?」
「お前こそ」
「どこぞの誰かが勝手に屋上に行くのが見えたから、注意しにきたのよ」
そいつは、真面目なことで。
アイシアは俺の横に、寝転がった。肩同士が触れあう。
「珍しく、緊張してるの?」
「別に珍しくはねえだろ」
全く自慢にはならないが。
「そうね、あなたはビビリだものね」
うるせえ。その通りだよ。
あの後、ばばあから聞かされたのは、今回の環境種についての事だった。
ばばあが王都にいたのは、白の矢を使う許可を竜卿から得るためだったこと。ばばあはギルマスの依頼で動いていたこと。そして、
「俺が切り札、ねえ……」
「まあ、よくあることよ?」
「ねえよ、普通」
今回の環境種撃退における切り札は、俺、らしい。詳しいことは、ギルマスから聞けと言ってばばあはどこかに去っていった。多分、炊き出しに集りに行ったのだと思う。
「なあ、アイシア」
「ん?」
「お前は、いつもこんな気持ちなのか?」
とてつもない重圧。許されるなら逃げ出してしまいたい。
だが、人類最強は脱力したような声で、
「さあ?」
「え?」
「だって、私がー竜卿が動くときは、いつだって失敗できないわけで、ずっとそうだったから多分あなたが感じるようなものはとっくに擦りきれちゃったもの」
自嘲気味にそういった女の目は、無機質な金だった。
「アイシア」
「けれどね。最近気づいたの。今は、失敗してもあなた達がいる」
アイシアが、寝転がっている俺の両肩の少し上に手をつき、夜空を遮った。揺らめく篝火の像が、彼女の瞳に写っている。
「あなたが、いるもの。頼りないけど」
「…………最後の一言は余計だな」
軽口を咎めながら、どこか身体が軽くなったことを感じる。
ああ、そうだな。別に俺一人じゃないんだ。
アイシアの背中に腕を回して、俺の方に引き寄せる。鼓動が重なりあう。
「事実だもの。それなのにあなたには、失敗してもこの私がいるのよ?心底羨ましいと思ってる」
「そうだな。師匠もいるしな」
何とかなるだろう。
「気張りなさいよ、新しい英雄さん」
「分かってるよ、生まれながらの英雄さん」
互いの熱が、溶けてひとつになるように感じられた。
「ぎゃー!!!」
「なんだ、この大きさのツキクマは!」
『Gyuooooooo!!!』
「うそだろ、毒が効かない!」
「一旦、撤退だー!!!」
「…………助けに行くか」
「…………そうね」
うーん、気まずい。
頬を赤らめている(多分)竜卿は、キレッキレだった。