その六
ところで、飛針種は巣の中でそれぞれの役割を与えられる。すべての支配者たる女王、巣の外敵排除を目的とするソルジャー、同じく巣の外敵排除を目的とするテイマー、巣の外で狩りをするワーカーといった具合だ。
特に、エンペラー種において女王を除くと個の力が最も強いのは、ソルジャーであるとされる。だが、今回の俺たちのように巣を丸々相手取るのならば、一番厄介なのはテイマーだと俺は思う。
「クマがうぜえ」
ただでさえそれなりの数がいるソルジャーどもの攻撃をさばきつつ、思わず俺はそう呟いてしまった。純粋に上空からの攻撃だけを警戒していると、でっかい爪が襲い掛かってくる。しかも、このクマちゃんとした名前は、ツキイログマという名前で一見ただのクマに見えるが、歴っとした魔獣である。こいつは、回復機能ともいうべき自己再生能力が備わっているので極めてタフだ。
正攻法でタイマンを張る暇はないので、手っ取り早く弱点を突くことにする。今回の場合は、テイマーの方を墜としてしまうのが正解だろう。
「居た!」
体の色がわずかに濃い個体が、ソルジャーに紛れていた。先ほど一匹墜としたのだが、俺を襲うツキイログマが二頭いることから考えて、一匹が一頭を従えていた場合最低後二匹いるはずだ。モリオオクマの方は、俺の方に向かってこないことからもう一つの巣に従っているのか、あるいは偶然この近くにいただけのどちらかだろう。
俺は、腰の矢筒から一本抜き取り、手早くつがえる。ソルジャーが無防備な状態の俺に襲い掛かってこないことを祈りながら、矢を放った。命中したかを確認する暇もなく、近くに迫っていた針を躱した。そのまま、矢を手に持ってソルジャーに突き刺した。すぐに体が崩壊していく。
「これで、大人しくなるか?」
期待を込めてつぶやいたのだが、ツキイログマはまだしっかりと俺の方に向かってくる。
「あー、やっぱそううまい話はないか」
他のテイマー個体を探しながら、とりあえず数体のソルジャーを撃ち落としておいた。
◇
「数が多すぎねえか?」
結局、テイマー個体を20匹ほど墜としてからようやく、ツキイログマの攻撃は止んだ。テイマーがこんなに多いのは、明らかに異常だ。会館に報告はしておくべきだろう。だが、今の俺が最優先すべきは、
「やっとおいでなさった」
「biyayayyayayayayya!」
見るからに怒り心頭といった様子の女王の相手をすることだ。
「おいしょっと」
女王は、ひときわ大きな体躯を持っているが、基本的に自分では戦わない。先ほどからちまちま数を減らしておいたソルジャーが、女王の陣頭指揮のもと一斉に飛び込んできた。あいにくすでに矢が尽きているので、腰に携えていた片手剣を抜き放つ。そして俺は、
「じゃあ、お元気で!」
その場を駆け出した。何度でもいうが、俺はアイシアのように同時に相手取るなんてことは、できない。さっきまでの、テイマーの討伐だって距離をっては矢を放って、その間に距離を詰めてきた数匹のソルジャーをちまちま刺し殺していたのだ。なので、女王個体が出てきてもぐるぐると距離を取っては、数匹ずつ数を減らしていく。
「kyuaaaaaaaaaaa!」
「お、きたきた」
業を煮やした女王の命令によって、針を飛ばすソルジャーたち。予想はしていたので、慌てずに体の位置をずらした。針を飛ばしたソルジャーは、すぐに自壊していく。要するに、一発限りの自爆技だ。残念ながら、この状態で放ってきた針は回収できないのだが。
俺は、女王と改めて向き合った。ややオレンジがかっていた体色は、今は真っ赤になっている。完全に戦闘状態に移行した。
「giiiiiiiiiiiiiaaaaaa!」
俺を殺すべく向けられたその最凶の針をまっすぐに見据えながら、一言呟く。
「さあ、丸裸にしたぞ、アイシア」
「お疲れ様」
大量のワーカーとソルジャーを捌ききった女は、俺にねぎらいの言葉をかけて、女王を一太刀で仕留めた。
お、さすがだなちゃっかり針を回収してやがる。