その十六
思わぬトラブルがあったが、どうも貴族にとっては日常茶飯事なようで、滞りなく謁見の準備が進められていた。先ほど、ボロボロにした部屋は応接室だったのだが、代わりの部屋はなんとジジイの部屋だった。持ち主は今、アイシアの代わりに諸々の片付けの手配をしている。
「こちらの襲撃者はいかがなさいますか?」
「あー、そうだな。アイシア様、これをグノル家で尋問していただいても?」
「できれば知の方の政争に巻き込まないで欲しいのだけど。あと、様付けはやめて。そんな柄じゃないでしょ」
うん、何も滞りはない。なにやら裏がありそうな会話をしているが、俺には何も聞こえていない。それはそれとして、そろそろ太ももが痺れてきた。
「なら、いつも通りアイシア嬢で。なに、政争といっても一瞬で終わるし、そちらにとっても悪い話ではないはずだよ」
ヒラヒラと紙を投げられる。アイシアは嫌々それを見て、丁重に懐にしまいこんだ。
「貸し一つよ」
「おや、貸し借りなしだと思うが?」
「竜卿の名前を、重みを、甘く見るな」
張りつめた空気が流れる。
というか、俺ここにいらないよね。どっかにいきたい。
あの、アイシアさん勝手に俺の考えを読んで、服の裾全力で握るのやめません?
「やれやれ、今回も私の負け、か」
「無理筋って分かってるのに、毎度吹っ掛けてこないでほしいわね」
「しょうがない。これが、知のやり方なのだから。それで、ひとついいかい?」
どうやら、なんらかの決着がついたらしい。部屋の空気が緩む。俺の拘束は強くなる。
「なに?」
「君らいつもこんな感じなのか?」
先ほどまでとはうってかわって、ある程度砕けた口調でそう問いかけてくる。俺は、俺の太ももを枕にしているアイシアと顔を見合わせた。
「「ええ、まあ」」
「そうか…………そうか」
一気に老け込んだ雰囲気になる。うーん、やっぱり疲れているのだろう。アイシアが、部屋の外で待機していた使用人に、座りやすい椅子を手配するように指示を出した。少しでも、疲労を軽減して貰いたいものだ。
◆
「ということで、そろそろ本題に入りたいのだが
」
「本題って何だったかしら?」
「めんどくさいところで、変なボケかますな」
「いたっ!」
額を指で弾く。なんだかんだで、こいつは記憶力がいいのだ。少なくとも、今日の来客が俺に会うことを目的にしてたことを忘れるはずはない。
「すまない君。砂糖抜きのお茶を貰えないか?ああ、とびっきり濃くしてくれたまえ」
「あら、気に入ったの?」
「そうだな。この場に一緒にいてしまうことを後悔するくらいに、美味しいよ」
「それは、良かったわ。あ、紹介しておくわね。これがケイトこと、いい感じの枝のカリスマよ」
「そうか、よろしく頼む。カリスマくん」
「分かっててやってますよねそれ」
この女ども。
流石に来客の方に殴りかかるわけにはいかないので、俺の太股で快適に過ごしている女の鼻をつまんだ。
「ほへへ、ほひはは、ひふはふほほとふぁのほ」
「え、まじで?」
ギルマスの。元カノ?
「そうなんですか?」
「まて、私にはアイシア嬢がなんと言ったのか分からん」
「ギルマスの元カノって」
ニッコリと元カノ?さんは笑った。つかつかと、こっちに歩み寄ってアイシアをソファから引きずり落とす。そして、踏んづけた。
「誰が!あいつの!元カノだ!」
「あれ、違ったっけ?」
ごろごろ転がり足を躱しながら、アイシアは平静とした顔を崩さない。うーん、無駄な身体能力。
「元婚約者だ!」
違わないじゃん。