その十四
ひとまず、飯を食い終わったので感謝の言葉を述べる。ここがサハイテなら、そのまま食器洗いやらなんやらの片付けになるのだが、竜卿の邸宅ともなれば流石に使用人さんたちがやってくれる。
「(じろり)」
「ありがとうございます」
「(お口に合いましたでしょうか?)」
「(はい、それはもう)」
「あなたたち、目で会話せずに普通にしゃべりなさいよ……」
え、この人普通にしゃべれんの?
頭に直接語り掛けられて、ついでに俺の考えていることをすぐに当ててくるから、そういう流儀なのかと。
「そんなわけないでしょ。ジルの本職は吟遊詩人よ」
「え?」
言葉が仕事道具みたいな職業についてんの?
「ここに直接売り込みにきて、特技が面白かったからそのまま雇ったのよ」
「へー」
多分特技っていうのは、直接語り掛けてくるやつだろうな。
「(ご明察でございます)」
「うおっ!」
びびった。背中で語り掛ける(脳内に直接)されるのは普通に怖い。
それにしても、こんな物騒な主人のもとで、働きたいなんて奇特な人もいるんだな。
「誰が物騒よ」
「問答無用でグーで殴りかかってくるやつは、物騒だろ」
まあ、大した威力じゃないからじゃれあいの範囲だけども。
「お祖父様、人を拾ったりするのが趣味だから」
「そんな木の実みたいなノリで使用人雇ってんの?」
世間のイメージと掛け離れた性格してるな。因みに、一般的には先代の性格は「堅物生真面目」でとおっている。
俺の今のイメージは、「変態」だ。
あれ、そういえば。
「ここって、先代も住んでるんだよな」
「そうね。というか、私はほとんどここにいないから、むしろお祖父様の家みたいなものだけど」
「だよな」
現役の竜卿は、王都を本拠地にすることはほぼない。
「先代今何してんの?あの日以来、顔見てないんだけど」
「あっ…………!」
アイシアが、忘れていた!という顔をして慌てて立ち上がる。
こいつまたなんかやったな?
◆
先代、つーかもうジジイで良いや。ジジイは満足そうな顔で中庭でぶっ倒れていた。歴戦の魔狩りがこの程度で、消耗すると思わなかったが何でも固有魔法の代償らしい。
因みに師匠は、ピンピンしていた。解放されるなり、王都の春街に向かっていった。まあ、そう言うことだ。婆さんの最近の趣味は、可愛い子(男女問わず)に酌をして貰うことらしい。しばらくボケねえわ。
「で、いつくんの?」
「さあ?」
俺たちは、ぽりぽりと出されたお茶菓子をかじっていた。うん、これうめえわ。絶妙な歯触りとしょっぱい味付けが、お茶にぴったりだ。
「いえーい、私が作りました」
「おー、すげえ。誉めてやろう」
「その手で頭撫でたらブチってするわよー」
ばれたか。油がついた手をちゃんと拭ってから、くしゃっと撫でた。アイシアは目を細めて気持ち良さそうにしている。うーん、小動物撫でてる気分。
しばらくそんなことをしていたら、突然金属の鈴の音がした。
「あー、お客様来たみたいね」
「やっとか」
「そうね。あと、余計なお客様もきちゃってるみたいだけど、あなたはどうする?」
は?
余計な客?
俺がその意味を聞く前に、窓を壊して一人が室内に入り込んできた。
それを狙うように、いくつもの暗器が飛んできて、
「選択の余地なくなったわね。あの方をちゃんと守っててね。でないと、多分ギルマスに殺されるから」
「なんで?」
「あとで教えてあげるから」
アイシアが五本の暗器を、お茶菓子を指で弾いて撃ち落とした。どんな指の力してんだよ。
そのまま窓から飛び出していったアイシアを背に、テーブルを盾にしながら重要人物の元へと向かう。
まあ、十中八九謁見相手で間違いないのだが、色々手慣れすぎてない?自力で射線から逃れてるし。
「いやはや、すまんな」
「ええ、まあ、はい」
その重要人物は、女性だった。少し低い声は、人を従えることに慣れている者特有の雰囲気を纏っている。さっきギルマスの名前が出たからか、どことなく似ている様な気がした。
「ああ、楽な話し方で良いぞ。私は一応魔狩りでもあるからな」
「はい?」
どういうこと?
王族というか、知の貴族じゃないの?
しかしそんな俺の疑問は、すぐに打ち切られる。何せ、
「お命……頂戴」
「させるか」
アイシアの追撃を逃れた奴が、侵入してきたからだ。さて、頑張ろうか。俺、今丸腰だけど。