その十
流石に、孫に踏んづけられている爺さんを見るのは忍びなかったので、アイシアにはやめて差し上げるように促した。あ、俺がやめるならやめるのね。んじゃ、止めよう。ばばあ、感謝するんだな!
「なんじゃ、もう座ってくれんのか……」
「気持ち悪いぞ貴様」
おもいっきりがっかりしている爺さんは、本気で気持ち悪かった。ばばあが居なかったら、俺が口に出していた。
「なあ、アイシア」
「どうかした?」
「この爺さんが、本当に先代なのか?」
「残念ながら、正真正銘私の祖父で師匠よ」
えぇ……。
うちのばばあに踏んづけられながら、こっちに向かって何やらキメ顔してる爺が、大英雄だとは信じたくねえ。
「じゃあ、私はお祖父様と、お話、してくるから」
「お、おう」
そのお話、血を見るタイプなんじゃねえの?
アイシアは、にっこり微笑んでズルズルと先代を引きずっていった。ぼろ雑巾になりながらも、喜悦に満ちた笑みを浮かべている爺は、もはや怖かった。
◆
「そんで、ばばあ」
「師匠と呼べ」
「師匠、なにが狙いだ」
わざわざ先代を巻き込んでまで、あんなことをしたんだ。先代竜卿の名は、決して軽くない。
「可愛い弟子が、せっかく二つ名を貰ったんだ。顔を見たいと思っても可笑しくはないだろう」
「そんな殊勝なことをする師匠だったとは、知らなかったぞ」
「そりゃそうだ。今初めて言ったからな」
真面目な顔で、師匠はそんなことを言った。
「嘘こけ」
「嘘はついてないぞ」
「だったら、言ってない理由を話せ」
「お前が悪い!」
「えー……?」
いきなりガキみたいな言い方になるの。
「まず、便りのひとつも寄越さんとは、どういう了見だ!」
「あー、それはごめんなさい」
あ、本当に俺が悪いわ。忙しさにかまけて、まったく近況報告なんかもしてなかったわ。
「元気です」
「見りゃ分かるわ。それに、せっかく祝福のメッセージを送ってやったというのに、返事のひとつもしよらんからに」
「は、祝福のメッセージ?」
身に覚えが、まじでないぞ。最近受け取った手紙といえば、アイシアからのやつと、少し違うがギルマスから渡されたやつだけだ。
「どうせお前は、アイシアちゃんの手紙に現を抜かしておったんだろうが」
「あー、ちょっと待て……もしかして、もう一枚あった明らかに俺を馬鹿にした手紙はあんたからなのか?」
「馬鹿にしたとはなんだ!しっかりと、オレの気持ちが籠もっていただろう」
籠められている気持ちが、どうみても俺をおちょくろうとしてんだよこのくそばばあ。
ん?
つーことは、アイシアの手紙と一緒に送ってきたということは、
「今回、ひょっとしてアイシアもそっち側だったのか?」
だとしたら、何やってくれてるんだ、あの女。
「いや、アイシアちゃんは関係ないぞ。今回の主犯は、あっちの変態くそ爺だ」
「先代が?」
一応大英雄なのにぼろくそに呼ばれてんな。
少し考えたいのだが、裏手から爺さんの歓声がずっと聞こえてきて、俺は集中が全くできなかった。