その四
「…………」
「……何も起きない、わね」
周囲を警戒してしばし。襲撃される気配がなかった。てっきり、すぐさま襲いかかってくるか、何らかのコンタクトがあると考えていたのだが。
「まだ視線は感じるか?」
「感じてはいるけれど……」
アイシアも、困惑気味だ。何となく気味が悪い。
ここでふと、ひとつ思いうかぶことがあった。
「俺たちが警戒していることに、気づいている……?まさか、直接見てるのか……?」
もし、仮に俺たちが実際に監視されており、かつその連中が俺がその気配に気づけないほどに距離があるとしたら。とてつもなくその可能性は低いと言わざるをえないけれど。
「そんなことありえるの?」
「何でもありにするのが固有魔法だろ」
なんせ、空すらも飛べるんだ。不可能ではないだろう。
ということで、試してみよう。
「アイシア、ちょっとこっち向いてくれ」
「なに?」
きょとんと首をかしげてる女の両肩に手を添える。そして、じっとその瞳を見つめてから顔を近づける。吐息どうしが触れあう。
「賭けの景品にしては、気が早すぎないかしら」
「検証だって分かってるだろ」
遠くから見れば口付けているように見えているはずだ。
「さて、どうなるかな」
「さあ、何もなければあなたの勝ち……っ!」
俺はアイシアに思いっきり突き飛ばされる。唐突に俺を痛めつけようと思ったわけではない。俺はなんなく受け身をとった。
ちょうど俺が立っていた場所に矢が突き刺さる。
「大胆な奴だな、白昼堂々と」
「あら、あなたから先にキスをせがんできたんじゃない。押し倒されるのは嫌なの?」
「そういうことじゃねえの分かってて言ってるよな」
「あ、そうだ。賭けは私の勝ちでいいわよね」
「うーん、取りあえず喜ぶのはあとにした方がいいんじゃねえかなぁ」
俺は狙撃手の居所を探る。辺りは建物に囲まれていて、射線はないに等しい。
「どうやって狙ったんだ……?」
「刺さってる角度的に上っぽいけど」
俺は、建物によって狭められた空を見上げる。もう一発矢が飛んできた。あー、これ上空からこっちを見下ろしてるわ。
今度は余裕をもって一歩引いて、ついでにそれをキャッチした。
「つーか、これ俺狙いだな」
「そうなの?」
「ああ。ついでに犯人が分かったわ」
なんか体から力が抜けていくのがわかる。また何発か降ってきたが、分かっていれば当たることもない。
「本当に?」
「ああ、ちょっと犯人をしばきたいから協力してくれ」
俺の手の中にある矢の羽部分は、自分でこさえるものとそっくりの形をしていた。
どうしてくれようか、あのくそばばあ。