その六
「さて、ケイト君気分はいかがてすか?」
「あぁ、最高だぜ☆」
「そうですか……」
おっとギルマス、どうして目をそらしているんだいだぜ☆
「これ大丈夫なんですか……?」
「多少の副作用に目を瞑るといったのは、ギルマスでしょう」
「それは、そうなんですが……」
一体何をこそこそ言ってるんだぜ☆
あー、全身に力が漲るぜ☆
「そ、それでは、ケイト君お願いしますよ」
「もちろんだぜ☆まかせておいてくれだぜ☆」
俺はやるぜやるぜやるぜやるぜ☆
◆
アイシア・ディ・グノルという少女は、可憐と評する他ない外見をしている、とシノアは考える。圧倒的な実力をもって魔獣を圧倒し、その反面日頃は快活に笑い、くるくると動き回る彼女には、ファンが非常に多い。
今回の大氾濫でも、昨日一人で数千体の魔獣を葬り去って見せ、騎士団の各地への派遣を早めさせた。そんな彼女には好意や畏怖、あるいは恐怖が混じった視線が向けられている。
しかし、そんな周囲を気にすることもなく、彼女は今憂いに満ちた表情をしていた。
シノアは、アイシアの背後からそっと近づいて、イタズラを仕掛けようとし、
「きゃっ」
「あっ、ごめんなさい、シノアだったのね」
アイシアの背筋を指でなぞる前に腕を捕まれた。
「いえ、流石です」
「今は常に気をはっているからね。それで、どうかしたのかしら?」
「ええ、またケイトさんのことを考えていらっしゃるようだったので、茶化しにきました!」
本気六割だ。残りの四割は、アイシアを心配しての事だ。
「あなたね、私がそんなにずっとあいつの事ばっかり考えていると思ってるの?」
「違いましたか?」
「今は、間違ってないわね」
ほらみろ。
「もぅ、アイシアさんったら」
「いらっときたから、デコピンね」
クスクス笑いながら、シノアはそれを受ける。ガチで痛い。涙出てきた。額を押さえているシノアのことは、眼中にないようでアイシアは話し始める。
「シノアはさ、あいつがどんな奴だと思ってる?」
「アイシアさんの恋人です」
「もう一発いっとく?」
全力で首を振る。
ただ、あんだけいちゃこらしておいて、恋仲ではないなんていう方が無理があるとは、思うのだけれど。
「本当に違うから。で、真面目な話」
「うーん、優秀な魔狩りですかね」
「まあ、そうよね、普通に」
どうやらお望みの回答だったらしい。シノアとしては、面白味が無さすぎるのだが。
というか、今の質問の意図は何なのだろう。
「アイシアさんは、違うのですか?」
「ええ。あいつは、筋金入りの阿保よ」
「はい?」
日頃、といってもアイシア程の交流はないのだが、どちらかというと理知的なイメージで、アイシアの言う様な印象をもったことは、ない。
「あー、語弊があるわね。普段は確かに、上位の魔狩りの中でもトップクラスに理知的よ」
「そんなところがアイシアさんは?」
二発目のデコピンがきた。先より痛い。
「ただ、あいつはこういう状況になると、頭のネジが全部吹っ飛ぶのよ」
「は、はぁ?」
そんなことある?
◆
「不味いな……」
カイの頬に、一筋の汗が伝う。
囲まれてしまった。自分の得物が、万全の状態ならこの程度の状況はピンチではないのだが、あいにく先ほどから、愛槍は黒い煙を吐いている。
「まあ、やれるだけやるしかないか……」
おそらく、ここが自分の死地だ。覚悟を決め、数体の魔獣に対峙し、
「やあ、カイ☆元気にしていたかいだぜ☆」
瞬く間に、一人の魔狩りによって、魔獣の個体が屠られていく。そいつは、ただの棒というか、木の枝で殴り殺していた。
「ケ、ケイトどうしたんだい!?」
同僚が、聞いたことのない喋り方で、謎のテンションで心底ビビる。というか、なんで弓使いの彼が、棒を振り回しているのだろうか。
「俺はいつも通りだぜ☆」
「ええ……」
「それじゃあ、俺は今から武器を配りにいくんだぜ☆」
彼の背後には、巨大な山があった。よくよく見てみれば、大量すぎる棒が積み重なっている。
「ぶ、武器を配るってどういうことだい!?」
「おいおい寝惚けてんのかいだぜ☆これに決まってるんだぜ☆カイにもひとつやるぜ☆」
「は、え、ちょ!?」
もう姿が見えなくなった。彼が通ったところに魔獣達の屍がつみあがっているので、居場所は分かるが。
呆然とそれを見送っているうちに、
『gooaaaaa!』
「うわっと」
ばしっ!
「え、うそ、すっげえ使いやすい……」
接近してきたいた魔獣を一撃で仕留められてしまった。
「この枝、何なの……?」
◆
「あるのよ」
「は、はぁ」
アイシアには、シノアをからかっているという様子はない。
ただ、妙な重みがあった。
「無事にここを切り抜けて、機会があれば今回のサハイテの報告書を読んでみなさい。頭を抱えるか、お腹を抱えるか、どちらかの事態が起きているから」
「そ、そうします」
◆
「お前ら、よくやったんだぜ☆」
「うぉぉぉぉぉー!!!!」
「俺たちの勝利だぜ☆」
一人の男が、枝を頭の上に掲げる。魔狩り全員がそれに呼応した。
その光景が、王都から派遣された監督官が見た光景だった。
「そうか、彼が今回生まれた英雄なんだな」
ぽつりと呟いたその声は、ついぞ木の枝を掲げた集団に届くことはなかった-。
第五十一次大氾濫、公称:獣乱舞、了。
ドーピング剤
意中の彼に対して素直になれない恋する乙女(ギルド職員、趣味:人体実験)が、本音を彼に伝えられるようにしようと思って開発
結果的には失敗で、せいぜい本性が少し露になる程度だった。ただ、副作用で魔力生成を助ける効果が現れた。しかし、危険すぎて非合法。