その五
前回同様、短編「えいゆうのぶきは、いいかんじのえだ」の内容を加筆修正しております
ご了承ください
いやー、なんとかなるもんだな!
大剣使いは、あの場から引きずって無事に臨時の救護場に運び終えた。あの大剣使いの姿をみて、取り乱した会館職員(♀、未婚、趣味:人体実験)が、いろんな薬をぶっかけたり、なにやら魔器具を繋げたりしていたので、まあ助かるだろう。人間のままかは知らないが。
あの大剣使いは、なにやら良い感じになっている職員がいるって以前言ってたから、できるだけ人間のままでいて欲しいと願ってやまない。
にしても、あのマッドサイエンティストは何であんなに取り乱していたのだろうか。基本的に魔狩りは丁度良い実験動物にしか思ってないと、考えていたのだが。
まあ、何でも良いか。なんやかんやで、今は魔獣どもの襲撃も落ち着いている。今のうちに身体を休めなければならない。あと、矢の補充もだな。取りあえず、何か飲もうと考えて臨時の炊き出し場になっている食堂へと足を踏み入れて、
『POOOOOOOOOOOOOO!!!!!』
「痛い痛い痛い!!」
鳩に頭をつつかれまくった。
『PO!PO!PO!』
「ちょっとまて、分かったから、離せ!」
もちろん喋ってることなんて分かるはずはない。ひとまず、俺の髪の毛を咥えてる鳩を落ち着かせる。
「お前、ギルマスのだよな?」
『POU』
「つーことは、ギルマスが俺に何か用があるのか?」
『PO』
鳩は、ばさりと階段の方に飛び立った。はよこいとばかりに、短く鳴く。
「説教かな?」
思い当たる節はある。やべえ、行きたくねえ。
◆
これは、豆知識なのだがギルマスは、機嫌が悪いとすげえにこやかになる。ギルマスが、王都でブイブイいわせていた頃は、笑顔を見たものがいないことから、氷の仮面なんて二つ名を貰っていたらしい。もし、その頃のファンがギルマスの今の表情を見ると、感激のあまり失神するか驚愕のあまり気絶するかのどちらかだろう。
すなわち、
「さて、ケイト君、あなたは、何をしたんですか?」
満面の笑みで問われた。
「間一髪で、命の危機にさらされていた魔狩りを救った」
「どうして!そう!絶妙に怒りづらいことを!するのですか!」
「血管切れるぞ」
「誰の、せいだと、思って、いるん、ですか?」
これ、あかんやつや。弱冠、片言になりつつある。そして、血管を浮かべながらも、顔はにこやかだ。こわっ。
「悪かった」
「本当にそう思っているなら、私がこの後に何を言うかわかりますね」
「ああ。『君はよくても、他の誰かがまねしたらどうするんですか。大体、もしあなたまで戦線離脱したら、人員が足りなくなるでしょうが!罰として、来月の会館の便所掃除は全部君が担当です』といった感じか?」
我ながら会心の出来だ。ギルドマスターの物真似をするときは、ヒステリー気味な声と落ち着きのある声の抑揚をはっきりさせることだ。これは、冒険者たちの宴会で使えるから覚えておいて損はない。
「残念でした。正解は、向こう半年分の便所掃除です」
徐々に、ギルドマスターは落ち着きを取り戻してきたようで、キラキラしい笑顔からしかめっ面になってきた。こいつ、不機嫌そうな顔しているほうが機嫌がいいってどうなってるんだよ。
「それで、わざわざ俺を呼び出した理由はなんだ。説教だけじゃないんだろう?」
「ええ、まずはお礼を。魔狩りの命を救っていただきありがとうございました」
「当然の事だ」
「いえ、彼は当会館における重要人物でしたから」
初耳だ。
「彼がもし亡くなっていたら、マッド、失礼、職員が一人暴走していたでしょうから……」
「は?」
「君も見たんじゃないですか?取り乱していたと報告を受けましたが?」
いやいや、あのマッドが自分を失っていたのは確かだが。
「彼、誰にも分け隔てなく優しいって、うわ言で呟いてたぞ……」
「恋は人を盲目にしますからね……」
恐ろしい……。まさか、それも薬で……。俺が、とんでもない事実に震えていると、ギルマスがひとつ咳払いをした。
「それでここからは真面目な話です。朗報が一つ。なんと、王都から黒鷲騎士団が派遣されてくるそうです」
「黒鷲が?」
珍しくまともな朗報だ。黒鷲騎士団は、主に魔獣討伐を専門とする戦力で、小型から中型魔獣などの、大量の雑魚をせん滅するのに長けている。しかし、今回の大氾濫では王都の防衛にかかりっきりだと思っていたんだが。
「えらく迅速だな」
「なんでも、竜卿が大ハッスルしたらしく」
「ああ……」
今代の竜卿の顔を思い出して遠い目をする。アイシア、元気みたいだな。
「それで?どうせ悪い話もあるんだろう?」
「そうですね。援軍は早くとも二日後です。我々が、そこまで持ちません」
「そりゃ大変だ」
予想できていたので、それほど驚きはない。防衛する側が不利になるのは、いつものことだ。
「ええ、大変です。物資や人員もですが、なにより武具が足りない。鍛冶ギルドが総出で武具の修理に励んでくれていますが、まあ時間が全く足りません」
「量産品は?」
俺たちの武器は、大体が一点ものになっていく。駆け出しのころは量産品を使っていたとしても、自分で持ち手が手になじむようにいじったりすることで、他人のそれとは別物になっていくのだ。本来なら、量産品を使いたくないというのが俺を含む冒険者の総意だが、贅沢は言ってられない。
「とっくに底をつきました。これというのも、予算を削減してきやがった無能どものせいで……」
普通の住民より、冒険者のほうが人口が多いここでは、量産品の需要は非常に少ない。しかし、今回のような非常事態のために会館が鍛冶ギルドに金を払って量産品を買い上げるのだが……。実に、世知辛い。しかし、予算削減のあおりを食らってピンチに陥っているのも事実だ。
「結局、俺に何をしろと?」
「君の、固有魔法を死ぬまで使い続けてください」
「は?」
「聞きましたよ。固有魔法で作り出した棒で魔獣を退けたらしいですね」
俺は、額から汗が滴るのを感じ取る。こいつマジで俺に死ぬまで固有魔法を使わせようと考えてやがる。
「いや……あれは、偶々だ。大体、強度が……」
「おや?君、確か10体を一本の枝で退けていたと報告されていますが?」
十分すぎる強度だ。なんであのときの俺、調子乗って殴りまくったかなぁ!こいつがわざわざ俺にそんな提案をしてくるということは、本当に他の手はないのだろうけれど!
だが、俺も魔力の使い過ぎでは、死にたくない。どうせなら、もう少しまともな死因がいい。というか、そんなことで死んだら、あの爆発女に殺られる。
「いや、その、俺は魔力量に不安があってだな」
「それでは、私がそれを解決してやろう」
「げっ」
マッドだ。誰も本名で彼女を呼ばない。
「いつの間に部屋に!」
「細かいことは、良いじゃないか。君は、彼の命の恩人だ。私も全身全霊をもって尽力させて貰うよ」
嫌じゃ。こいつの薬なんて、絶対にやべえ!
窓から脱走しようとしたのだがいつの間にか俺の背後に回り込んだギルマスに羽交い締めにされた。
「さあ、英雄になってください、ケイト君」
「大丈夫だよぉ、すぐに新しい世界が見えてくるさぁ」
「いやじゃあーーーーーー!」