その十
「す、すいません、アイシアさん。私の聞き間違えでしょうか?」
さすがに、この真面目な場面で頬を伸ばしたままにするのは、あまりよろしくないということで、シノアが何とかこっちの世界に戻ってきたときには、奴を解放してやっていた。
アイシアは自分の掌で頬を覆いつつ、俺に肘鉄をいれてきた。どうやら、頬が痛いらしい。この女は的確に、俺の急所に肘を差し込みながら、シノアの質問に答える。
「でっち上げって話の件なら、シノアの聴力は大丈夫よ」
「……………っ!」
再度、シノアは絶句する。だが、今度は復帰が早くなった。
なるほど、こうして慣らされていくんだな。
「えーと、その、取りあえず反逆とかその辺はおいておいて、そんなことできるんですか?」
「多分、できるわよ?」
「ど、どうやって?」
「そこら辺の竜を捕まえて、傷口とかを偽造すれば、バレないと思うのよね」
馬鹿じゃねえの。竜をまず捕まえようってことが、普通は不可能だ。しかし、質が悪いことに、何だかんだで実現可能性があるんだよなぁ。
だが、シノアはまだ現実逃避に務めている。ついでに、カイはもう何かしら察したようで、遠い目をしている。
「ま、まず、竜なんてこの近くにいるわけ」
「ねえ、私たちの馬車を襲ったの何だと思う?」
こっちに聞いてくるのかよ。
「直接ぶっ壊したのは、竜の一個体だろうな」
「あれから、あいつ移動したと思う?」
「いや、最初に砂ぼこりで分断されたってことは、多分四足型だと思うから、まあ追い付けるだろうな」
何より、その巨体を支えるために地面に残された足跡が追えるだろう。
「ね、これで竜の問題は解決よ」
「で、でも、傷口の偽造なんて」
「何度も解剖している研究員が、ここにいるでしょ?」
ぽんと、肩を叩かれたシノアは、それはもうとてつもなく大きなため息を吐く。
「反逆罪ですよ?」
「そうね、バレないように上手いことやりましょう」
実際、この偽造にはリスクを大いに補うだけの、メリットがある。
一つは、確実性だ。まあ、確実もなにも俺達の自作自演な訳だが。
二つ目は、安全の確保。竜の巣に四人で突っ込むよりかは、若干とはいえ命の危機は少ないということだな。ここならまだ、竜がうじゃうじゃやって来るというということはない、多分。
そして、三つ目が、
「貴重な時間が、大いに稼げるわよ?」
「分かってます……」
そう、何よりも大事なのは迅速さだ。今の俺達、ひいては人類にとっては僅かでも早く戦力を集めることが重要だ。ここで、証拠をでっち上げられれば、数日分は短縮できる。
「無茶苦茶ですね……」
「知らなかったのか、こいつはずっとそうだぞ」
「あら、私は現実的な提案をしただけよ?」
「僕は、お嬢に判断を委ねますんで」
「あなた方は、本当に……ああ、もう分かりましたよ、こうなったら完璧に偽造してやりましょう!」
やけくそ気味に叫んだシノアは、そのまま地面に倒れこんだ。そこ、多分魔獣の糞にまみれてるけど良いのだろうか。
そう言うわけで、おそらく史上最大のでっち上げ作戦が始まる。