その九
そんなこんなで、しばらく体を休めていると、奥の方で寝かせていたシノアも目を覚ましたらしい。ずっと介抱していたカイが、そのまま背負ってくる。そして、背中から下ろすと、自身の隣に座らせた。
「皆さんご迷惑を……おかけしました」
「気にすんな」
「むしろ、その方が手間が色々と省けたわよ」
アイシアは、ある意味冷たいととられそうな言い方をしているが、多分わざとだ。
シノアも、それに気づいたようで、少しだけ申し訳なさそうな表情が綻んだ。
「それで、体は大丈夫なのかしら」
「はい。快調とは言い難いですが、そう贅沢を言ってられませんので」
「なら、今回はカイとセットで動いて貰うことにするわ」
「そうですね、カイ頼みましたよ」
「もちろんです」
さて、ひとまず移動の仕方は決まったのだが、一番の問題はそこではない。
「それで、ここから先どうする?」
「帰りたい」
俺は即答する。いや、だって装備も食料も全部馬車ごとぺっしゃんこだよ?命あっての物種だ。まあ、でも、
「その、それは……」
「分かってる、冗談だ」
「このタイミングで、冗談を言わないで!って怒りたいところだけど、普段なら私もケイトに完全同意なのよね……」
今回ばかりは、そう言うわけにはいかない。何せ、人類の危機らしいからな。
「それで、改めて私、アイシア・ディ・グノルが質問するんだけれど」
冷たい金が、理知的な紫を見据える。
「研究所の目的は?」
「既に、お話したと思いますが?」
「建前でしょ、あれは」
少し睨みあって、シノアの方が先に目をそらした。そして、ふぅ、とため息を吐く。
「腹芸までこなされるとは、思いませんでした」
いや、この女の場合、ほとんど野性的直感だぞ。俺の内心の呟きなど知る由もなく、シノアは今度はぶっちゃけた。
「騎士団を派遣させるために、頭の堅い連中を黙らせられる証拠集めですねぇ」
「ということは、目的の竜の巣まで行かなくても、問題はないのね」
「ええ、ですがあの屁理屈野郎共を納得させるには、並大抵のものではだめですね。例えば、明らかに格の違う魔獣に食い殺された竜種の死骸レベルなら、大丈夫ですけど」
「ったく、あのジジイどもは欲張りなんだから」
「全くです」
因みに、ぼろくそに言われてるお歴々は、やんごとなき血を強く引いてる。つまり、超権力者。
文字通り一瞬で消される可能性のある俺とカイは、女どもの罵詈雑言を聞いてない振りをすることにした。
「どうして、身の回りの女どもは、ここまで怖いもの知らずなんだろうな……」
「んー、僕からしたら君も大概だけどね?」
んなわけないだろ。俺は、ごくごく一般魔狩りだぞ。俺が心外極まりない勘違いをしているカイに、本当のことを伝えようとしていると、アイシアは咳払いをした。
「まあ、ひとまずあなたは確実にこっち側だけど、それは置いといて」
「風評被害を広めようとすんな」
俺の割りと本気の発言は、スルーされた。悔しい。
「シノア、要するに絶対的な証拠って言うやつがあれば良いのね?」
「ええ、そうですね」
「もうひとつ、大氾濫が起きるのは確実?」
「ほとんど確信しています」
その言葉に、我らが竜卿様はチロリと舌をだした。
うっわ、嫌な予感。そして、こういう勘はあたる。
「なら、でっち上げましょう。完全な証拠を」
「はい?」
「…………っ!??」
ほらな見てみろ。俺は、こんな馬鹿な提案する気にもならん。ひとまず、俺達全員が反逆者として処罰され得ない提案をしたにも関わらずに、どや顔をかましている大馬鹿やろうが不快だったので、強めに頬を引っ張った。