その三
一夜明け、やってきました針集め。昨日、俺が野草集めにいそしんでいた草原を越えて、飛針種が数多く巣を作っている森の前へとやってきた。
「毎回思うんだが」
「何よ?」
森に踏み入る前に装備を確認しつつ、俺は疑問を口にした。
「ここの森、常闇の森っていう割には、普通に明るいよな」
「あら、確かこの森が常闇の森って呼ばれたのは、この森で虫型の魔獣が大発生していて、それが黒色に見えたとかいう、理由だったはずよ」
まじか。というか、それだけ魔獣が発生していたのに森の形を保てたな。
「まあ、伝説だから詳しいことはわからないけどね。本当なら、この辺更地になってそうだしね」
「やっぱりそうだよな」
事実はわからん。
そんなこんなで、俺たちは森へと足を踏み入れた。
それまでとは、雰囲気が一変した。生い茂った木々によって、陽射しはさえぎられて、少し薄暗い。ギャアギャアと、飛鳥種の鳴き声がする。まるで、森に踏み入れた異物を警戒するかのようだ。
新人の魔狩りならば、恐怖を覚えるのだろうが俺もアイシアも慣れたもので、周囲を警戒しつつ普通に会話をする。
「そういや、今回狙う飛針類はどれなんだ」
「エンペラー」
「うっわ、皇帝さん狙いかよ」
針狙うの危なくない?
◇
飛針類に属する魔獣は、蜂のように、一匹の女王もとでコミュニティを形成する。こいつらはすべからく臀部に強力な針を持ち、羽が生えている。その針で獲物を捕獲したり、外敵にぶっ刺したりする。
こいつらの厄介なところは、外敵を見つけると複数個体で襲い掛かってくる。さらには、今回のターゲットのエンペラー種は、他の中型の虫狩類や四足獣類までなら、従えてしまうことがある。自慢の針でぶっ刺して、毒を注入することで調教してしまうらしい。
ところで、飛針類はとてつもなく種の存続とともに、他種族に対する敵対心が高い。死後に他の種族の栄養にならないために、速攻で自壊の毒が体中を駆け巡る構造をしている。この毒が厄介で、体はすぐにぼろぼろと崩れ落ちてしまい、それは針も例外ではない。
よって針の採取が欲しければ、死後その毒が回りきる前に体から切り離すか、こちらに向けられた針を最初に切り飛ばすしかない。どっちの方法も、一匹一匹を相手しつつ、素早く針を切除する技量が必要になるのだ。
何が言いたいかというと、野生のエンペラーの針を獲得するには、とんでもなく手間がかかるのだ。
◇
「俺、普段は弓使ってるって知ってるよな」
「だから、今日はちゃんと飛針類用の武器を持ってきたんでしょ」
「そういう話じゃねえよ」
そう、確かに今日の俺は、いつもの弓ではなく薄手の切れ味に特化した片手剣を持ってきているが、問題は俺の技量の話だ。
「期待すんなよ……。っ!」
「それくらいわかってるわよ……。聞こえるわね」
独特の羽音がする。目当てのエンペラー種かはわからないが、少なくとも、飛針類のテリトリーに入ったようだ。
「それじゃあ、まずは巣を見つけるわよ」
「へいへい」
俺たちは、お互いが視界に入るギリギリで二手に分かれた。