その二
一説によれば一流の魔狩りと普通の魔狩りは、仕事に行く前の準備の時点で見極められるらしい。例えば、標的となる魔獣の弱点に適した装備は何であるかという知識や、どれくらいの期間がその依頼なら達成までに必要になるのかという予測など、様々な要素が絡んでくる。そこで、不足なく去れど過分でない量の見極めが重要になるのだ。そのため、準備にはそれなりの時間をかけるのが、一流というかベテランの魔狩りであるのだが、あくまでこれは通説であって、例外もある。何を隠そうその例外とは、
「お前、準備せずに俺ん家にいて良いの?」
「んー、もう終わったわよ?」
他人様の家のベッドで、勝手に寝転がってなにやら読み込んでいるアイシアのことだ。
「まさか、手ぶらで行くのか?」
「何バカなこと言ってるのよ、そんなわけないでしょ」
「昨日依頼を聞いたところなのに、早すぎねえ?」
「私はあなたと違って、矢の手配なんて要らないし、食糧はある程度蓄えてあったしね」
そもそも、とアイシアは続ける。
「あなたがそれだけ矢を準備している訳も分からないのだけど」
「竜の巣に行くのに、無属性矢だけで行くのは自殺行為だぞ」
あんだけウジャウジャとよく分からん魔獣どもがいるんだ。何か対策をしておかないと普通に死ぬ。そして、俺は無属性矢ならば自前で賄えるので、これでも大分荷物は少ない方なのだ。
「全部吹き飛ばせば良いのよ」
「それ言えんの、お前と他数人だけだわ」
「あなたも鍛えなさいよ」
「鍛えればどうにかなるって言う発想やめてくんない?」
脳筋どもと一緒にしないで欲しい。
「それで、さっきから何を読んでるんだ?」
「今回の依頼書」
アイシアはひらひらと、それを振った。中身を読んでみようとしたのだが、アイシアはそれを俺が見える範囲から隠しやがった。
「邪魔すんなよ」
「これ、一応正式な書類だから公的言語使われてるけど、読めるの?」
「う……」
読めないことはないが、アイシア程すぐには読めない。残念ながら、俺はここら辺の地域の文字にしか親しんでいないのだ。アイシアは、俺をベッドの縁に座らせて、肩の上に自分の顎を置いた。そして、中身をざっと説明し出した。
「今回、研究所からも人員派遣されるそうよ」
「あー、そりゃ調査依頼だもんな」
「それと、今回の調査のきっかけは、竜が何かに食べられてたことらしいわ」
「まあ、それくらいならよくあることだろ」
竜という魔獣は、その分類が非常に曖昧である。どちらかというと、分類が曖昧な魔獣を全て竜と呼ぶというのが正確だ。総じて、強大な力を持つという事以外に共通点はない。
そんなよく分からん魔獣どもなので、まだまだ未知の部分も多く、別の竜の個体を主食にするやつがいてもおかしくはない。
「歯形は、スナトカゲと合致したそうよ」
「は?」
スナトカゲは、小型で観賞用として、金持ち達に人気の魔獣だ。その気性は、非常に穏やかで、間違っても竜の個体を食べるということはない。
「歯形は、一個か?」
「ううん、複数みたいね」
「うーわ」
明らかに異常だ。なんだか、ここ最近異常という言葉を使いすぎてる気がするけど、そうとしか言いようがない。
「それで、俺たちに話がきたと」
「そう言うことね、後出発は今日の真夜中だって」
「は?」
何それ、聞いてない。幸い、今はまだ朝なので、これから寝れば充分に睡眠はとれるだろうが。
「じゃあ、おやすみー」
アイシアは、ごろんと寝転んで、もう寝息をたてている。俺のベッドで。
「家帰れよ……」
こうなったアイシアは、何があっても起きない。どちらかといえば、魔狩りの必須技能みたいなものだ。当然、俺の文句も聞こえていないわけだ。頬をつついても、形を変えるだけでほとんど反応がない。
仕方がないので、床に散らばっている装備類をどかせて、アイシアが勝手に俺の家に入り浸るようになってから購入した床用の寝具を敷く。
どうやら、連日の疲れが出たのか俺はすぐに夢の世界へと旅立った。