その三
ところで、森と呼んでいるがここは、以前アイシアと針集めのために出向いた森ではない。研究所の分類によれば、こっちは密林というらしい。ならば密林と呼べばいいじゃないかという話になるのだが、厄介なことにここの地名はキタカ森という名前なのだ。その名前の通り、周囲の木はとても高く、その分幹は細くなっている。だからと言って、そうほいほい木が倒れるわけもないので、大体へし折れている木は魔獣の仕業だ。
「おっと、爪痕発見」
一夜明けて、俺は昨日の作戦どおりに森の奥地を捜索していた。その甲斐もあって、先ほどからまだ新しい痕跡をいくつも発見している。
このままいけば、標的かはわからないが、魔獣には出会えそうだ。
「うーん、でも俺より前に来た奴らは、ここまで踏み込まなかったのか?」
ないとは言えない。何せ、通常ツキイロモリオオクマの捕獲依頼の期限は、三日である。そして、大体の出現場所も把握されているので、そこで張るのがセオリーだ。ここのクマの場合は、渓流あたりが鉄板だ。つまり、そこから動かなかった結果、クマに出会えず時間切れになったのかもしれない。だが、
「もしくは、何か異変があるのか」
油断はしない方がいいだろう。こういうのは、悪い方に考えておいた方がうまくいくのだ。
幸い、今回は杞憂だったようだ。森の開けたところにある池で、水を飲んでいるクマに遭遇した。ここの場所も、新しい出現場所として報告しておくべきだろう。
「問題は、種類なんだが」
ツキイロモリオオクマは、その名の通り体毛の色が青みがかったうすい黄色をしている。俺は、双眼鏡を使って確認しようとしたのだが、
「んん?」
色が違う。少し、緑色が勝っているような気がしなくもない。
「んー、微妙」
ただ、はっきりと違うというほどでもなく、別の人が見ればツキイロモリオオクマと判断するかもしれない。しばし悩んだ俺は、
「取り合えず、捕まえればわかるか」
後で、その正体を探ることに決めた。
ツキイロモリオオクマに限らず四足獣科の魔獣は、えてして高い再生能力を備えている。多少のダメージはすぐに消えてしまうために、非常にタフだ。また、つめや牙を持っているので、そこから繰り出される攻撃は、俺が日ごろ用いている皮鎧程度ならあっさりと切り裂いてしまう。ただ、こいつらは完全無敵であるわけではなく、非常に毒の部類に弱い。
「じゃないと、飛針類なんかに従えられるわけないもんな」
俺は、落とし穴を掘りつつそう呟く。クマはまだ水を飲んでいるので、それが終わるまでに仕掛け終えたい。
クマの捕獲方法は、実にシンプルだ。ある程度弱らせてから、落とし穴に誘導して、そこに催眠効果のある煙球を投げ込む。タフであるとはいえ、その体力は無限ではないからこそ通用する方法だ。
適当な大きさの穴が掘れたので、上に落とし穴用のネットをかぶせる。魔獣の皮を用いたそれは、勝手に周囲の色になじんでくれるので、とても便利だ。
「じゃあ、頑張りますか」
こちらに全く気付いてないクマへ、先制の一矢を打ち込んだ。