ツキイロモリオオグマ捕獲依頼その一
俺の魔狩りの師匠曰く、「弓は引くのではなく、押す」ものらしい。そして、「自分から矢を放とうとするうちは、まだまだ半人前」だそうだ。
はじめてこの言葉を、言われたときは思わず「婆さん、ぼけた?」と聞いてしまった。このころの俺は、何を言われても師匠に歯向かいたい年頃だったのだなと、今からすればなかなか恥ずかしいエピソードだ。
しかし、師匠はそんなガキに対しても怒ることはなく、むしろ諭すように続けた。
「ぼけとらんわ。お前なら、そうさな魔狩りとしての経験を積んで、名を挙げてからも研鑽を続けてようやくたどり着けるかも知らんな」
「どれくらい先の話になるんだよ……」
「オレだってこの年になってようやく辿りつけたんだ。ましてや、お前さんにオレの研鑽を数年でひっくり返せるほどの才能はないからな。あ、後ぼけ婆呼ばわりした罰として、薪割りと水くみ半日追加な」
「クソ婆!」
思わず掴みかかった俺を、実にあっさりとひっくり返してそのまま肉食の魔獣の生息地に、放り込んでくれた恨みは、未だに忘れていない。因みに、師匠は現在も現役バリバリの魔狩りである。年齢は知らない。
さて、その話を師匠からされて幾日もの月日が流れたのだが、業腹なことに師匠のその予言は的確であったと言わざるを得ない。残念ながら、師匠の言ういわゆる弓使いの極意の境地には至っていない。ただ、少しだけその頂までの距離は、見えてきたと思う。
俺は、一つ息を吐くと、狙いを定める。100メル先の獲物からは、こちらは見えていないだろう。体が自然と弓を放つ前動作をとる。先ほどまで、聞こえていた周囲の音は自分の世界から消え去る。
的中。苦しむ間もなく、草食の魔獣は息絶えた。
俺は、本日の晩御飯を拾いに行きながら、一つため息を吐いた。手持ちの食料はもうなくなって久しい。
「まーた、空振りだよ」
俺は実に四日以上、依頼の対象である四足剛毛類ツキイロモリオオクマに出会えていない。
「こんなことなら、もう一人誰か捕まえて連れてこればよかった……」
まあ、この依頼を引き受けた時には、こんなに長引くとは俺を含めて誰一人予想できていなかったのだから、仕方がないことなのは分かっている。
「あと何日かかるんだろうな……」
話し相手もいないので、先ほど狩った魔獣の解体をしつつ、その肉のおこぼれを狙いに来たヤマカラスたちに話しかけた。当然その返事は、「カアー」というものだった。
もうちょい待っててね、ここの部分は全部あげるから。あ、まってそこのお肉はついばまないで一番おいしいとこだから。