王都編:覗き
ところで。
「ユリアお前、こんなとこいてて良いのか?」
こういうところに出るのは初めてだから、はっきりとは分からないのが正直なところだが、どうやらこの女はこのでっけえ家で一番偉い存在なはずだから、婚約者であるギルマスのもとか、もしくは竜卿のところにいるのならともかく。言ってみれば、竜卿の婚約者になっているとはいえ一介の魔狩りに過ぎない俺の覗きなんてしている場合ではないはずだと思うのだが。
「良くはないが、仕方あるまい。 今日の主役からのお願いがあるし、利害も一致したのだから」
「利害?」
今日の主役ってことは、まあ、多分アイシアのことなのだろうが。
「……一応、私達の方も御披露目の意図があるから、クリスからのお願いの可能性もあるはずだが」
「甘いなユリア」
ギルマスは、お願いなんてまだるっこしいことしない。
実力行使。
これこそが、一癖も二癖もある魔狩りをまとめるのに必要なことなのだ。
「だから、どう考えてもアイシアのお願いに決まってくるだろ」
「クリスの奴、だから筋肉が落ちていなかったのか……」
机仕事。
ぶん殴る。
机仕事。
机仕事。
ぶん殴る。
ぶん殴る。
ぶん殴る。
くらいの仕事の配分してるよ、ギルマスは。
「話がそれているな」
「そうだな」
で、利害ってなにが?
「うん、まあ、そうだな。 これは、あくまでも、一般論の話に、なるのだが」
「お前らの話ねりょーかい」
「身支度が今日は特に念入りにされる日だということは分かるな」
そりゃそうだ。
俺ですら、なんだっけタキシードか。こんなもん着せられている訳だし。
改めて、鏡を見る。似合わねえ。
「そんなことはないぞ、ケイト。 無論、クリスに勝る道理はないが」
「なんで急に、カレシ自慢始めたんだこいつ」
「君らが、いつもやってることだ。 それでだ。 我々も、見ての通り、こういうきっちりした格好をすることになるわけだ」
「はあ」
きっちりという通り、ユリアは黒が基調のドレスだ。
日頃も無論質が良いものを身に纏っているのだろうが、今日はまた違うのだろう。
似合ってるとかいう方が良いのだろうか。
「それはあとで、あのアホから散々に聞かせてもらうから、君からは必要ないさ。 あと、アイシア嬢に私は恨まれたくないから、その言葉は彼女のために置いておけ」
「はあ」
言われなくてもそうするが、話がまだ見えてこない。
「まあ、要するに足止めをしろと、言われたんだよ。 心の準備が出来るまでなんとか君を表に出すな、と」
「なんでだよ」
「私にはまったくわからないが。 本当に分からないが。 嘘じゃないからな、本当に本当に分からないのだが、ヒントとしては、せっかくだし、一番キレイな姿を見せたいんだよ。 で、それが、逆に恥ずかしいと」
ドアがノックされる。ユリアは、ちらりと扉の方を見た。
「ちゃんと思ったことを正直に伝えたまえよ。 これは、ある種ルール違反かもしれないが、ちょっとだけ早めにバラすと」
今日のアイシア嬢は、相当キレイだぞ。
扉が開いた。
ユリアは多分、何事かを扉を開けた奴に囁いて、部屋から出ていく。
そして、アイシアが部屋に入ってきた。
ちょっとテンポ悪いな……