番外編 胞子症よ永遠に──
お久しぶりです
「風邪は人にうつすことで治るらしいわ」
「風邪ならな」
「風邪も──くそったれ胞子のせいで止まらなくなる鼻水とくしゃみも、どっちも一緒よ」
症状一緒でも、原因が違うってお前も分かってんじゃねえか。
「だからね、ケイト。 あなた風邪引きなさい」
「やだよ」
そんでお前、毎年同じこと言ってるじゃねえかこの時期。これ言われるの、知り合ってからお前が胞子症になってから通算五回目の春だよ。
例のごとく、春という季節は魔狩りにとって繁忙期だ。レッツ繁殖子育て気が立ってる魔獣達!
ということで、一緒に暮らしているアイシアの顔を見るのもかなり久しぶりであり、なんなら俺もこいつも家に帰る余裕もなく、しばらくぶりの再会は会館の食堂だった。
「そんなに、今年の胞子症もひどいのかよ」
「ひどいひどくないという次元じゃないの。 死ぬか生きるか、よ」
んな、大袈裟な。
ということを言うと、冗談なしに殺される可能性があることは長年の経験で分かっている。
「今、大袈裟なって思ったでしょ。 死罪よ」
「理不尽」
心を読んでくるのは止めてもらいたい。長年の付き合いって怖いな。
「許してほしくば、風邪をひきなさい」
「お前それじゃあ、なんも解決しねえだろ」
根本的にうつしたところで治らないし、そもそも胞子症は他人にうつせない。体質の問題だし。
「欲しいのは治癒じゃないの。 やっぱり嘘。 治るもんなら治りたい。 けれど、残念なことにそれは叶わないから──苦しんでる他人を見てちょっとだけでも良いからスッキリしたいの」
「最低じゃねえかお前」
弁解しようもないくらい、クズの論理だぞそれは。
「で、考えたのよ」
「これ以上、ひどい発想が出てこねえことを祈るわ」
「効率的に風邪をひくために、あなたちょっとこれから全裸になって、沼に飛び込んできて、ついでにヌマツチモドキを焼き討ちしてきなさい」
「無理」
最後のは依頼されるだろうからともかく、何でそんなド変態な挙動をせんといかんのだ。
「なら、譲歩として、ちょっと顔をこっちに近づけなさい」
嫌な予感は凄まじくするのだが、正直に従うことにした。少なくともさっきの提案を受け入れる数百倍はマシだろうし。知らんけど。
そして、唇同士が軽く触れた。
「…………」
金色の瞳が、さっと俺からそらされる。お前さあ。
「手っ取り早い粘膜接触とかの言い訳はすんなよ」
「うっ」
まあ、あれだ。
こいつも、俺も久しぶりだったのだ。
つまるところ。
そういう触れ合いを長らくしていないわけで。
テーブル越しだから、ちょっと距離があって不便だが、アイシアの頬に手を伸ばす。
恋人の目が閉じられた。
先程よりも、少し深めに。
「ギルマスー!」
「会館付き達が風紀乱してる!」
「どこでナニやってやがるんですかあんた達は」
「あ」
「うわ」
やらかした。場所のこと完全に忘れてましたねアイシアさん、俺もだけど。
まあ取りあえず、繁忙期が一段落したら長めの休暇をとれると良いなと思いました。
本編はしばしお待ちください