魔獣報告書 無羽多脚科クモ類エンプレス種+おまけ
エンプレスの正式な分類は、無羽多脚科クモ類エンプレス種である。
《無羽多脚科》
命名理由:羽がなく、足の本数が多いという形態的特徴から
《クモ類》
命名理由:蜘蛛にそっくりであったことから。なお、蜘蛛とはまったく別の存在であることが近年の研究で明らかにされている。
特徴:多くの足を持ち、陸上で生活する。卵生であるが、雌個体が卵を抱え続けてある程度まで育てる種と、卵をどこか(地面、木、魔獣などなど)に産み付ける種に大別される。雑食のものから、肉食、草食など、クモ類全体としての食性は統一されていない。
また、その大きさも種によって多様で、「山より大きなクモがいる」という噂もある。(現在、調査中)小さな種類だと、人間の子供の小指の爪くらいのものもいる。小さな種類はよく、人間にうっかり踏み潰されかけたりもしている。
生息地:陸上
飛針類とならんで、人間と遭遇する確率の高い魔獣である。巣は、食べ物を捕獲するためのトラップとするタイプや、普通に雨風をしのぐために地面に穴を掘るタイプ、親から巣を引き継ぐタイプなど、バリエーションが豊かであることが知られている。
《エンプレス種について》
生息地:森、里山など
特徴:黄色と黒色の縞模様をしており、顔と胴体の繋ぎ目の部分を一周するようにふさふさの毛が生えている。エンプレスという名前であるが、普通に雄個体もいる。
命名理由:首を一周する毛が着飾っているように見えたこと、他の魔獣を主食としていることから、森を統べる存在つまりエンプレス(女帝)と名付けられた。飛針類にエンペラー(皇帝)がいるが、得てして研究者は同じような感性を持っているのだろう。因みに、エンペラーとエンプレスのどちらが強いかの論争をしてはならない。
大きさとしては、一般的な馬車ほどのものが多数。幼体は、成人男性の拳一つ程である。
巣について:エンプレスは地中に巣を作る。穴を掘り、固有魔法で壁を補強する。固有魔法としては、固化。エンプレスの巣は、罠型としては用いられることはない。また、石や植物を巣の中に溜め込む性質があるが、その目的は分かっていない。
おまけ 会館職員の憂鬱
アイネス・ド・タキヤは、会館職員である。そもそもは、王都にある研究施設に勤めていたのだが、色々あってサハイテの会館に出向することになり、そこから王都に帰るのがめんどくさくなって、帰還命令を虫し続けている、といった経歴の持ち主だ。
「おーい、アイネス」
「おいおい、私はアイネスと言う名前ではなく、マッド…………って、ダーリンじゃないか。 どうかしたのかい?」
「え、マッドって呼んだ方が良いのか?」
そんなわけがあるか。
「マッドと呼ばれすぎて、間違えただけだよ」
「最低限、少なくとも自分自身は正しい名前間違えるなよ。 それで用件、つーか、そのなんだ、あれだあれ」
アイネスは首をかしげる。なにか、忘れていたりしただろうか。
「いや、二階の廊下が凍ってるんだけど、なにかあったのか?」
「は?」
凍ってる?
余計に、疑問が頭の中に増えたのだが、その時ピシピシピシピシと天井から音がしてきた。
「え」
「あ」
『ユリア、あなたバカですか!』
『バカって言った方がバカなんだぞ!』
『ばかー!』
『ばーか! ばーか!』
頭痛。
「な、なあ、今の声って」
「ダーリン、これは職員から魔狩りへの疑問なのだが。 上に部屋を持っているあの人物とその元婚約者が本気で喧嘩しているとして。 仲裁しないとならなくなったとしたら。 どれくらいの報酬が適正になると思う?」
「魔狩りには、昔から番同士で揉めている魔獣には近寄ってはならない、っていうルールがあるんだけどよ」
「つまり?」
「どんだけ報酬がつまれても、仲裁に入りたくねえなあ……。 あと、シンプルに、今会館に残っている魔狩り全員が止めに入ったとしても、全員氷漬けになるな」
元婚約者様とギルドマスターは、引退したとはいえ、竜種の撃退依頼に駆り出されるレベルの魔狩りだ。環境種とも、何度かやりあっている。
思わずアイネスがため息を吐くと、息が白く凍る。
「止めに入らなくても、会館が全部凍りそうだねえ……」
「何人か連れて……ダメもとでいってくるわ…………会館付きとアイシア様が帰ってきたら…………早く寄越してくれよ…………」
「愛してるよダーリン…………」
全員、氷になったようで、どたばた音はすぐに消える。
「かんべんしてください……ぎるどますたー…………」
なぜあなたが、我々の仕事を増やす……。