モリアオタケ焼き討ち依頼 その一
「この世には、所詮二種類の人間しかいないのよ」
「いきなり何を言い出すんだお前は」
久々にちゃんとした食堂で食う飯を堪能していると、唐突に表れたアイシアが勝手に人の前に座って、そんなことを言い出した。今日のアイシアの装いは、さすがにオフの日であるということもあって、いつもの皮鎧は身に着けておらず、ここらの地域の一般的な装いでもあるチュニックにパンツという姿だ。見るからに、いい生地が使われているものではあるが。
そして一番の問題点なのだが、その顔にある。
「お前街中で、顔を完全に覆うタイプのマスクつけんなよ。どうみても不審者だろ」
魔獣の中には、粉塵で身を守るものもいる。そういう連中の相手をするためには、魔狩りは目元以外を完全に覆うマスクを着用するのだ。当然、日常遣いをするものではない。
「私は、いま私と異なる種類の人間を恨みたい気分なの」
「あ、無視される感じなんですか」
「無視もするわよ。私はあなたのことも憎いのだから……」
「あ、そうっすか。俺のことが憎いなら、ここで飯を食わずに帰れ。あと、酒を勝手に追加注文するな」
有言実行の女、アイシアは俺の苦言を全く無視して酒とデザートまで注文をした。すぐに酒が運ばれてくる。アイシアは、それをグイっとあおって到底王都で毎年肖像画が流通する女とは思えないほどの、低い声で重々しく呟いた。
「胞子症ではない、他の人間が憎い!」
「あー」
知らんがな。
◇
胞子症、それは季節の風物詩でもある。風物詩なんて言い方をすれば、アイシアをはじめとする胞子症罹患者からしばかれそうだが。
この病気は、寒さが和らいだ時期に繁殖するキノコが飛ばす胞子によって引き起こされるのだ。症状は、俺も聞いた話でしかないのだが、くしゃみ、目のかゆみ、脱毛、鼻水などなどであるらしい。脱毛に関しては、その症状を自己申告するのがおっさん連中だけなので、いろいろと妖しい気がしている。誰しもがこの病気になるわけではなく、体質によるらしい。
罹患者は、毎年今目の前でくだを巻いている女のように世界のすべてを恨みたくなるように、つらいものらしい。あいにく俺にその気持ちはわからないので、他人事でしかない。
「もうそんな時期か……」
「そんな時期かじゃないわよ。これだから、胞子症の苦労も知らないぼっちゃんは」
「俺にどうしろっていうんだよ……」
アイシアは、酒を飲みつつ鼻をすすっている。どうやら、とまらないらしい。
「簡単よ、この依頼にとっとと行けば、あなたを恨むことを少しだけやめてあげるわよ」
紙を手渡された。俺は嫌な予感しかしないが、それに目を通した。モリアオタケの焼き討ち部隊、通称胞子せん滅部隊の人員募集依頼だ。
「キノコの焼き払いに行くのは面倒だから嫌なんだが」
「あなたちゃんと最後まで目を通した?それ、あなたへの直接依頼よ。それも、ギルドマスター直々の」
「え」
うわ、ほんとだ。しかも、勝手に俺の名前でサインまでされてるし。
「アイシア、お前やりやがったな!」
「あなたは、私たちの英雄になって」
胞子症で、ウルウルした瞳をわざとらしく俺の方に向けてきやがった。おい、鼻水また垂れてんぞ。
そんなこんなで、俺は勝手に胞子せん滅部隊への参加を余儀なくされたのであった。
「あ、ギルドマスターが顔を出すように言ってたわよ」
「最初にそれを言え」
いろんな思いがこもったため息をついてしまったのは、しょうがないことだろう。