09
「たくさん買ったわね」
「うん、一応母さんたちの分までね」
せっかく朝からあかねが来てくれていたのに18時ぐらいまでついゆっくりとしてしまった。
そのため、めちゃくちゃ寒い時間に買い物に行く羽目になってしまったのが現状と言える。
でも、待っていていいよと言ったのに付き合ってくれたのは素直に嬉しい。
「貸して、半分持ってあげる」
「いいよ、来てくれただけでありがたいし」
「そう? なら頑張りなさい」
そう、それでこそあかねだ。
「ね、ねえ」
「なによ?」
「手、握ってもいい?」
今日はいつもよりは特別な日、誕生日の僕にとってはなおさらそう。
勇気を出して言ってみた、誕生日だから彼女だって受け入れてくれるはず。
「は? 普通に嫌だけど。勘違いしないでちょうだい、私が今日あんたのところに来たのはクリスマスに美味しい物を食べたかったからよ」
ではなかった、そっち方向に興味があったわけではなく単なる食い意地だった。
まあ分かっていたけどね。大体、自分でもなに言ってんだろって思ったし。
大体、彼女は僕と椋大だったらまず間違いなく椋大を選ぶことだろう。
それでも勇気を出した後だったので、結構残念な気持ちと戦いながら帰宅、準備を始めた。
ふたり分だからあまり多くなくてもいい、最悪追加投入すればいいから自由度は高い。
準備が完了してからも至って僕ららしく食べていくだけだった。
……あかねがガツガツと食べているところを見られただけで良しとしよう。
だって本当に母も父も出かけてしまっているから、最悪ひとりぼっちだったから。
「今日は来てくれてありがとう」
「ふぉれにょてゃみぇよ」
「あ、これのためね。それでもいいよ、君がいてくれると寂しくないし」
今年は椋大も豊崎さんと過ごしているから来てくれてないしさ。
「ん……その君ってやめなさい」
「あかねが来てくれて嬉しいよ」
「いいからさっさと食べなさい」
おぉ、照れて……はないな、お鍋の中に常に視線を注いでいる。
なんだかたくさん食べさせたくなって僕はあまり食べないことにした。
この光景を見ているだけで十分だ、余ったら最悪明日にでも食べればいいわけだし心配もない。
「……見すぎ」
「え? 中身が減っていないか見ていただけだけど。ほら、あかねが食べたいならどんどんと足すからさ」
「……あんたも食べなさいよ」
いや、君を見ていたいなって――なんて言ったら気持ち悪いからどうしよう。
たくさん買ってきたけど雰囲気だけで満足しちゃったからとか言っておこうか。
「見るな」
「え、見てないと足せないよ」
「あんたね、さっきから私を見てるの分かっているからね?」
「いや、君の食べるペースを見て判断しないといけないでしょ? 無理そうなら多めに投入したらもったいないからさ」
「ふんっ、物は言いようね」
だっていっぱい食べてくれるから嬉しいんだ。
豊崎さんレベルで食べられるとちょっと困惑するけど、彼女レベルなら微笑ましくもある。
なにより食べている時に楽しそうなのが最高にいい。
「いていいって言ったのに出かけてしまったのね」
「うん、母さんなりに空気を読んだつもりなんだよ」
「私、本当に好きだったのよ、あの人たちの雰囲気が。だからちょっと残念ね」
女の子と過ごすクリスマスなんて初めてだから母も遠慮してくれたんだ。
だから責められない、寧ろ普通に一緒にいてほしかった。
なぜなら、ふたりきりだろうと全く状況が変わらないからだ。
慣れてない僕はともかく、一見慣れていそうな彼女は食い意地を優先している。
せっかくクリスマスに集まってこれ、これほど生殺しの状況って他にないだろう。
「あんたはあんまり好きじゃないけど」
「でしょうね! さあほら、たくさん食べてよ」
「も、もうそろそろ無理よ……私は美希と違って大食い選手じゃ――」
「来たよー、たくさん食べちゃうよー」
もうね、来てくれて助かったよ。
これだけなんにもないクリスマスを過ごすことになるなら、みんなでワイワイ過ごした方が楽しいからね。おまけに食材を美味しく味わってくれるだろうからありがたい。
椋大も当然付いて来てくれたからたくさん振る舞った。デザートだって提供した、なんなら追加でなにかを作ったりもした、豊崎さんがだけども。
「ふぅ……食べたねー」
「そうね……動きたくないわ」
「俺もだ……」
恐らく向こうも特になにもなかったんだろう。
そこでいい匂いを嗅ぎつけてこっちに来たということなのかもしれない。
「湊、誕生日おめでとう」
「ありがと」
「特に考えつかなかったから家にあった入浴剤をやるぞ」
「わ、わーい! やったーっ、そうそう! 森林浴したかったんだよねー!」
……うん、0より1だ、くれただけ感謝しておこう。
当然のようにふたりからはなかったからなぜだか入浴剤が輝いて見えた。
いまならどんな高価な物よりもすてきに見える、ありがたいね本当に。持つべきなのは幼馴染。
「よし、そろそろ椋大くんのお家に戻るねー」
「あ、うん、それじゃあね」
「ばいばーい」
僕はそろそろ彼女を送るか。
泊まるなんて絶対にしないし、なにも起こらないからね。
「送るよ」
「は? 今日は泊まるけど。そのために着替えとかだって持ってきているんだから」
「ならお風呂に入る? これ使ったら?」
「あんたが先に入りなさい、残り湯とか飲まれそうだし」
僕のイメージって……そりゃなにも起こらないわけだ。
遠慮するのもあれだから大人しく入ることにした。
それでも一応彼女のために浸かることはしなかった。
酷く寒かったけどしょうがない、汚れが浮いていたりしたら嫌だろうし。
「出たよ」
「早くない? ちゃんと洗ったの?」
「大丈夫」
「あっそ。じゃあ私も入ってくるわ」
先に入ってからすることじゃないが、色々と片付けないと。
みんなで綺麗に平らげてくれたから鍋を洗えるのは大きい。
机を拭いたり、調味料を戻したりして綺麗にしておく。
こうしておかないと母にうるさく叱られる、さすがにそんなクリスマスは嫌だった。
「あ、もしもし?」
もちろん僕に電話をかけてくるのなんて母ぐらいしかいない。
「あ、湊? 今日は友達の家に泊まるからよろしくね」
「はい? え、じゃあ家には……」
「あんたとあかねちゃんだけ。それじゃあねー」
あ、あの人絶対に酔って嫌がったな!?
父はそれに流されて拒むことができなかったんだろう。
稼いできてくれているのは父だが、この家では母が絶対だから。
「出たわよ」
「――っ、し、下……履いてないの?」
シャツのサイズがかなり大きい。
あと、先程まで履いていたソックスは当然脱がれており、いまは純粋に純白のパワーが僕の目を焼こうとする。なんで女の子の足ってこんなに綺麗なの?
「は? 履いてるけど。ほら」
「わ、分かったから……捲ったりしなくていいから」
彼女には部屋で寝てもらう予定だった。
一緒になんかは絶対に寝られないから僕は下で寝る。
クリスマスイブにリビングで寝る、これほど虚しいことって恐らくない。
「あんたの部屋に行くわ」
「うん、おやすみ」
「は? あんたまさかここで寝るつもりなの? 別にいいわよ、あんたに襲われるほど弱くはないわよ私は」
「……緊張して寝られないから」
「あ、ベッドで一緒に寝たりはしないわよ? この変態」
なにも言っていないのに変態と言うのはやめてほしかったが、このままでは移動しないから一旦部屋に行くことにした。
「へえ、ここから椋大の部屋が見られるってことね」
「そうだね。ここから入ってくることもあるよ」
というか先程のふたりがそうだね、まるで空き巣狙いみたいだ。
「いまキスとかしているのかしら」
「振っていたしないんじゃない?」
「でもクリスマスよ? イブだけど大事じゃない」
こちらは一切そういうのないんですけどね。
もうこのまま向こうで寝た方が彼女的には幸せだと思う。
「椋大の家で寝たら?」
「はぁ……そんなことをしたら空気読めない女になるじゃない」
「現在進行系で空気を読めていない気が」
「は? あんたなにかするつもりなの? 言っておくけどなんかしたらあんたのお母さんに言うからね。それかもしくは美希に言って味方してもらうから」
「はい、すみませんでした、寝ましょう、そうしましょう」
残念、僕の誕生日兼クリスマスイブ。
せっかく女の子が来てくれてもなにもなく終わるのがオチのようです。
布団を敷いて彼女にはそこで寝てもらう。
数時間経って彼女が寝てから(本当にあっさり寝ちゃった)、部屋を出た。
一緒になんて寝られるわけがない。
「消臭スプレーを撒けばいい匂いだしね」
美味しそうに食べてくれる彼女を見られて良かったけど、なんだか残念な気持ちが大きい。
わざわざふたりきりを願った意味がないじゃん……あと寝付きが良すぎる。
食べてお風呂入って寝るって最高だよね。でも、異性の家に来てやるのはちょっと違う。
「まあいいや……寝よう」
明日もクリスマスだし、明日はさすがにあのふたりだっていてくれるはずだ。
そうすれば微妙なクリスマスにならなくて済む、最低限は保証されたようなもの。
「あんたねえ……なに部屋から逃げてるのよ」
「起きたの? 残念ながらまだ23時前だよ」
「……一緒でいいって言っているでしょうが」
「逃げたわけじゃなくて忘れ物を取りに来ただけだよ」
「ソファの上にそんな寝る準備が整っているのに?」
いやだって同じ部屋で寝たところでという話だし。
だったらなにも起こるはずがないから、いつも通りを感じることができるここで寝た方がいい。
「……いいから来なさいよ」
「ごめん、寝られないからさ」
「はぁ……」
ため息をつかれても困るが。
本気で襲ったりしたらどうするつもりなんだろう。
仮に後に助けを求めるとしても、過ぎてしまったことは変わらないのに。
「……手くらいなら繋がせてあげるから、来なさいよ」
「いいよ、君の本命は椋大なんだからさ」
期待した自分が馬鹿だっただけだ、無理してくれなくていい。
来てくれただけで本当にありがたいんだ、そりゃ少しぐらいはがっかりもしたけど……決してそればかりではないことを分かってほしかった。
「……椋大が本命なら突撃しているわよ」
「そこからはさすがに危ないから、行くなら外からの方がいいよ」
「そうじゃなくて! 本命ならなにも考えず突っ込んでるってこと! それをしてない時点で察しなさいよ」
いつの間にか本命ではなくなっていたらしい。
これはあれか、豊崎さんが強大すぎて諦めるしかなかったということだろう。
「だからって僕が好きなわけじゃないんでしょ? だったらホイホイと手を繋いだりはしない方がいいと思うよ」
「あのねえ……こうしてクリスマスに来ているのよ!?」
「それは誕生日をお祝いしに来てくれただけでしょ?」
「ちっ……こいつもう本当にやだ……もう寝る!」
「おやすみ」
「うるさい! 馬鹿!」
豊崎さんを前に諦めて、それでこちらに曖昧な気持ちのまま来られても困るんだ。
ただ自分を慰めようとしかしていない、たまたま今日の相手は僕なだけで誰でもいいんだ。
豊崎さんが現実というのを教えてくれたわけだし、勘違いもしない。先程までの僕は色々浮かれていただけ。
「寝よ」
やっぱり送っていくべきだったなと少しだけ後悔したのだった。
翌朝。
全然出てこないから確認しに行ったらもう彼女はいなかった。
ま、所詮僕らの関係はこんなものだから問題もあまりない。
自分で言っておいてなんだが、彼女は別に祝うために来てくれていたわけではないからだ。
「ただいま」
「あ、おかえり」
せめて母がいてくれればもう少しマシな結果になった気が。
って、やっぱり気になっているな自分の心は。
「あれ、あかねちゃんは?」
「もう帰ったよ」
「え……泊まらなかったの?」
「いや、泊まったけど朝になったらいなかったんだよ」
「あんた……もしかしてなにもしなかった?」
「当たり前でしょ、僕らはただの同級生なんだから」
友達かどうかすら曖昧で分からない。
そんな子に色々と求めようとしていた時点で自分はだいぶヤバい。
「湊、あかねちゃんはいないのか?」
「うん、帰った」
「はあ……息子がこんなのでいいのかな、母さんや」
「駄目に決まっているでしょ、せっかくふたりきりにしたのに」
「あかねは残念がってたよ。母さんや父さんがいてくれたら良かったのにって言ってた」
僕もね、珍しく同意見でしたよ。
最高に健全な日だった、手を繋ぐことすらしなかったからね。
ふたりきりでいる意味が全くなかったんだ、両親がいても変わらない。
「じゃあ今日また集まればいいか」
「そうだね! 母さんの言う通りだよ!」
「「というわけで、あかねちゃんを連れ戻してきて」」
無理難題を言いやがる。
無理だそんなのは、こっちは真摯に対応したのにあれだから。
普通積極的に寝るとか言われたら怖いでしょうよ、なんでそれが分からないんだか。
僕くらいになら平気で勝てると思っているんだろうけど、こんな貧弱な野郎でも本気を出せば、押し倒してしまえば終わりなのに。そこから先になにされるかなんて考えつかないわけでもないだろうに。
「無理だよ、僕は部屋にいるから」
「使えないわね……しょうがないから私が連絡しておくわ」
使えなくてすみません、なにもできないヘタレ野郎ですみません。
それでも後のことを一切考えず性欲だけを優先して動く人間よりはまだマシだ。
仮に裏技を使って彼女を呼び出したとしても一緒に過ごすつもりはないから部屋に引きこもることに。
「いてて……」
ソファで寝たのなんて初めてだから体に結構きている。
風邪を引かないところは実に僕らしいとも言えたが。
彼女が寝転んでいた布団は綺麗に畳まれていて、まるで利用されていなかったように見える。
もちろんそれを敷き直して寝るような変態ではないからベッドにダイブしたのだが。
「え?」
明らかに僕のものではない匂いが鼻腔をくすぐった。
ま、まさか……あかねはここで寝ていたのか?
気づいた瞬間にベッドから飛び起きて部屋の外に。
なんでそんなメリットもなにもないことを……。
昨日僕が全部断ったから寂しかったとか? いや……単純に暗闇が怖かっただけの可能性も。
「それにしても寝る意味は分からないな」
あの敷布団と布団のセットだって普通に暖かいものだった。
お腹を出したりしなければまず間違いなく風邪を引くことはない。
――いやでもないな、彼女がこの部屋にいたから匂いが残っていただけだろう。
「なにやってんの?」
「ひゃあ!? って……なんでいるの?」
やっぱりそうだ、あれは間違いなく彼女の匂い。
お風呂から出て8時間近く経過しているのに保ったままなのはどんな魔法を使っているのか。
「え、だって朝ごはんを買いに行ってただけだし」
「え、嫌になって帰ったんじゃ?」
「……昨日の私はちょっとおかしかったし、あんただけが悪いわけじゃない。それにあんたのそういうところは一緒にいて安心できるし……ま、嫌な時もあるけど」
どんどんと小声になっていくが、悪く言われているわけではないのは確かだった。
「ね、ねえ」
「なに?」
「もしかして昨日……僕のベッドで寝た?」
「…………出してくれた布団で寝たけど」
この間は怪しい……そうだと言っているようなものだ。
「臭くなかった?」
「だから……寝てないっての」
「そっか」
両親が誘っているということだけ告げて部屋に入ることに。
窓を開けるとちょうど向こうも開けたところだった。豊崎さんがこちらに手を振っている。
「おはよ」
「おはよー」
「「昨日、なにした?」」
「あはは! めちゃくちゃかぶったー!」
超健全日だったため隠す必要ない僕はさっさと吐いた。
ちなみに、彼女たちの方も特になにもなかったらしい。――嘘だと思っておこう。
「いまからそっちに行くよ」
「うん、気をつけて」
この調子だと椋大はまだ寝ているんだろうな、朝にあんまり強くないし。
「よっ、ほっ、とぉ! 着地!」
「パチパチパチパチ」
この子は元気でいいなあ。
もっとも、こっちだってなにもなさすぎて早くに寝たから完璧だけど。
「一緒に寝たりしたんでしょ?」
「してないわよ、こいつは1階で寝たから」
「抱きしめるとかキスとかは?」
「しているわけないでしょ。手を繋いだことすらないわよ」
よくよく考えたら連絡先だってまだ知らない。
「はぁ? 駄目だねこりゃ……これはまた湊くんのせいでしょ」
「違うよ、だってあかねはごはんを食べに来ただけだったんだ。なのにそんなことできるわけないでしょ? それに手を繋いでいいかって聞いた時断られたし、好きじゃないとすら言われたんだからさ」
椋大みたいに相手と仲を深めていくしかないが、あかねはいてくれるだろうか。
相手が去ってしまった話にならないから、いつまでも横にいてほしいものだけど……。
「私は言ったのよ、一緒の部屋で寝ても問題ないって。手を繋ぎたがっていたようだから手ぐらいなら繋いであげるって。でも、こいつは断った」
「駄目だよそれじゃあ、湊くんといたいなら無理やり連れ込むぐらいしないと」
「……いいのよ、冷静になって考えてみたら誘っているようなものだったし」
「誘っちゃ駄目なの? だってあかねちゃんは湊くんのことが――」
「あんたはちょっと黙っていなさい。それよりあんたは椋大にまたがったりしていそうよね」
「なかったよ、一緒にゲームをしていただけだった。あ、夜中にコンビニに行ってケーキを買ったりもしたけどね。至って健全なクリスマスイブでした」
それを聞いて「私達もそうだったわ」と彼女が笑う。
お肉が美味しかった、それを美味しそうにあかねが食べていた、みんなも来たで終わり。
「でも、今日が本来はメインの日だからね」
「強気でいくってこと?」
「ううん、なんか一緒にいられたらいいなって思ってさ、いまはまだそういうのいいかなって」
「さっさと付き合いなさいよ、クリスマスに付き合ってくれるとか両想いみたいなものじゃない」
――そうなれば自分の方は失恋になるというのによく言えるもんだ。
あ、でも椋大がもう振っているから実は現在進行形で失恋中か? それでおかしかったのか。
「あかねちゃんもまだいるんでしょ? 湊くんと両想いみたいなものじゃない?」
「湊は私のことを好きなんかじゃないわよ、全部断ったんだから」
「それはあれだよ、いつものやつだよ。僕なんか好きになるわけがないって考えてヘタってるんだよ。必死にあかねちゃんのためだからって考えてね。だからね、多少ぐらいはね、無理矢理にでもね、やっていくしかないんだよ」
ヘタレでごめんなさい。
僕の中ではまだあかね=椋大が好きというイメージがある。
告白して断られたけど、それは豊崎さんも同じだからチャンスはまだあると思った。
それでもあかねが言うように、クリスマスに一緒にいることを許可するならそれはもう好きと同じぐらいの扱いに感じる。モテる椋大だが、ああして特定の女の子とふたりきりで過ごすことは全然していなかったからだ。
「ま、椋大くんは湊くんとは全然違うんだけどさ。……私がちょっと勇気を出せなくてなにもできていないんだけど」
「あははっ、あんたらしくないわね」
「……だって初めてなんだもん」
「なに乙女みたいな顔をしているのよ。腹黒女のくせに」
「湊くんとの約束で綺麗になるって決めたよ」
そういえば偉そうに説教みたいなことをして、そういう約束になったんだっけ。
いまの彼女なら応援できる、その内側の腹黒さんは恐らくもう見ることはない。
「豊崎さん……いや、美希」
「およ、またそうやって呼ばれるとは思ってなかったな。はぁ……どうしていま頃になって堂々とできるのかって話だけど」
「それは僕も思っているけどね。仮に僕がこうして接することができていたら変わってた?」
こんなことを聞いても意味がないのは分かっている。
だけど聞いてみたかった、掴むことができなかった別ルートの話を。
彼女は可愛い笑顔を浮かべながら、「うん、それは間違いなく」と答えてくれた。
「そっか、そう考えるとちょっと残念だな」
非常にもったいないことをしたと思う。
少なくとも以前までの僕ならそう考えていたかもしれない。
「美希、椋大と早く付き合ってくれないかな」
「なんで? そうしたらあかねちゃんの願いが叶わなくなっちゃうんだよ?」
「あかねを取られたくないから――と言うより、自分勝手な話だけど諦めてほしいんだよね」
椋大の横にいるのはあかねの方がいいと考えたのは本当のこと。
美希のことはここ最近で結構知ることができていたから、心からそう考えていた。
でも、もう違う。
「はぁ……本命じゃないって言ったでしょ」
「言葉だけじゃ信じられないんだよ、僕は初めてだからさ」
「あんたの目の前で告白して振られたじゃない」
「美希からの告白だって断ったからまだ可能性はあると思ったんだよ」
あそこで受け入れてくれていれば良かった。
あ、ただそうなると傷心中につけ込む悪い人間になってしまったからどちらにしても無理か。
つまりどうしたって一緒に寝たり手を繋いだりはできなかったと。
「ないわよ。だって私が――」
「はいはーい、私はもう戻ることにするね! 椋大くんもそろそろ起きるだろうし、それに、お邪魔だろうしぃ? ばいばーい!」
お邪魔どころか彼女が来てくれて良かった、言いたかったことを言えた気がするから。
「あんたさっきのどういうつもり?」
「あかねを取られたくないってやつ? そりゃ……取られたくないでしょ、大切な存在なんだからさ。君にとっての僕は違うけど、僕にとっての君は……まあ、そうなんだよ」
「唯一近くにいてくれるから?」
「うん……来てくれて嬉しかったし」
なんでこんなこと吐かされてるんだ? 恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。
恋愛をしている人たちはこういうことを笑顔で言ってのけるんだからすごい。
そりゃ僕は非モテなわけだ……。
「……直接言わなければあんたは……分からないのよね」
「う、うん」
美希が言っていたことは間違っていなかった。
グイグイきてくれないと困るんだ、考える隙すら与えないでほしい。
「……あんたでいいのよ」
「え、それ……本気で? もしかして椋大に振られたから僕にって変えたの?」
「違う……それでもあんたが認めないから意味のない告白をしたんじゃない。そのせいで意味なく振られてたんだから……責任、取りなさいよ」
だったらそれを昨日言ってくれれば良かったのに。
そうすれば欲望の方に負けて一緒に寝ていたと思う。
もちろん、同じ布団とかでは寝なかっただろうけど、あんな言い合いみたいにならなくて済んだのは確実だ。
「昨日じゃ駄目だったの?」
「……なんで私から告白しなきゃいけないのよ、こういうのは男の方からしてほしいじゃない」
「……えっと、僕でいいの?」
「あのねえ、軽い女じゃないわけ。そう思っていなければ手を繋ぐとか一緒の部屋で寝ていいとか言わないわよ……」
「じゃあ、あかねがいいな――いや、あかねがいいんだ、受け入れてくれるかい?」
「その言い方は気持ち悪いけど……ありがとね」
ありがとうはこっちのセリフだけど。
「結局傷心中の女の子につけ込む最悪な野郎になっちゃったけど」
「傷心なんかしてないけど。あれはあんたを納得させるためのものだし」
「え、いつから僕でいいと思ってくれてたの?」
昔から気に入っていたとかそういうことは一切ないだろう。
気に入っていたのならあんな自由に色々と言えないはずだから。
「……決め手になったのはあんたが美希に駄目判定された日。私は美希から直接聞いていたから、なんでこんな女を椋大は理想の女扱いしているのかって引っかかったのよ。多分だけどね、椋大のことを好きだと自分で思い込ませていただけなんだろうね――って、いいじゃない、あんたって決めたんだから」
「そっか。あかねがいいならいいけどさ」
「あんたそれやめなさいよ」
「いや、僕は自分の意思で君を求めたからね」
「はぁ……まあいいわ、今日はたくさん食べなさいよ?」
「うん、めちゃくちゃ食べるよ!」
で、また君を見る。
今日は母&父がいるからあかねだって落ち着くだろう。
「そういえば誕生日プレゼントあげてなかったわよね」
「特別になってくれただけで十分だけど」
「いいから、黙って目を閉じて」
「もしかしてするの?」
「黙って、いいから早く」
目を閉じて待っていたら柔らかい感触が。
「あかねは初めてじゃなさそうだよね」
「あ? ……初めてだっての、あんたからじゃできなさそうだから――って! 感想がそれか!」
「だって慣れてそうだから」
「初めて、って言っているでしょうが。いくわよ」
「余裕がある感じが実にって感じだけど、そうだね」
いいプレゼントを貰ってしまったし、彼女の誕生日の時は贈り物とか食べ物とか色々と準備してあげないといけない。それまでにある程度の料理は作れるようになりたかった。
「あれ、リビングに行かないの?」
「ちょっと外へ行くわよ、頭を冷やすの」
「耳が赤いよ」
「……恥ずかしかったのよ、察しなさい!」
「はははっ、そうだね!」
彼女には「むかつく!」と言われてしまったが、なんとも僕たちらしくていいと思う。
昔の自分からすればこれこそ有りえない展開だろうが、幸せならいいかと納得していたはず。
「手」
「うん」
とにかくいつまでも仲良くいられたないいなと考えながら、朝の散歩を楽しんだのだった。
読んでくれてありがとう。
会話しか書けない……。