08
テストは無事に終わった。
その翌日は休みだったのでゆっくりと休んだ。
そして、
「球技大会って面倒くさいわよね……」
そう、更にその翌日には球技大会という忙しいスケジュールとなっている。
敢えてバレーボールを選択しておきながら言うことはでないと思うが。
馬鹿にするわけではないが僕は卓球を選んでいた。
が、そういう理由で選択した罰が当たったのかすぐに負けて体育館に戻ることになった。
「へい!」
「おう!」
ちょうど椋大たちが戦っているとこみたいだ。
3年生が相手だと言うのに椋大の活躍によってどんどん点が重ねられていく。
チームメイトも彼を信用してパスしていくから、点を決める度に女の子たちが盛り上がっていた。
「椋大くんってやっぱり格好いいよね」
「うん、本当に格好いい!」
おぉ、狙っているのはやはりあのふたりだけではなかったようだ。
数分経過し試合が終わった。楽しそうな2年生チームと、悲しそうな3年生チーム。まあ年下に大量得点差で負けたら気になることだろう。
「あれ、湊はもう戻ってきてたのか」
「うん、あっという間に負けちゃったよ」
「ははは、なんかそれも湊らしいな」
僕らしいか……椋大に言われても特に気にならないな。
椋大はそのまま残ることはせず、クラスメイトの子たちとバレーの方を見に行った。
「あれ、もう戻ってきたんだー」
「あ、うん」
なんでここにいるんだろう。クラスの子たちがいま戦っているのに。
「あかねちゃんのこと応援してあげなくていいの?」
「ここからでも見えるからね」
大体、そんなもの求めてはいないだろう。
椋大がいてくれるからみんなやる気が出るだろうし多分勝てる。
まあ間違いなく終わった後は「もうやりたくないわ……」って言うと思うけど。
「ハッキリ言っておくけどさ、私が君といたのはそういうつもりじゃないからね?」
「そんなこと言われなくても分かってるよ」
「それに――」
どうやら向こうが終わったようだった。
でも、また中途半端なところで途切れてしまったわけだが。
「湊、これ持ってて」
「え、た、タオルを?」
いきなり来たと思ったら真っ白いタオルを差し出してくる。
渋っていると「は? 床に直接置いたら汚いでしょうが」と彼女は不満のようだったが、こういうのを直接触るのは気が引けてしまう。そもそも僕の手が綺麗かどうかも分からないし。
だけど怖いから了承しなるべく端っこのところを持っていることにした。彼女はどうやら靴紐を結びたかったらしい。
「安藤くん」
「あ、さっきの話だよね、なに?」
「私に君は相応しくない。だから好きになったりはしないでね」
めちゃくちゃ自意識過剰な発言をして椋大の方へと歩いていってしまった。
話しかけてくるくせに実はあれから冷たい態度を取られているというのに、どうやってその人を好きになれと言うんだろうか。人気者の考えることってよく分からない。
「返して」
「うん」
「ありがと。それよりあんた、もしかして美希のことが好きだったの?」
「違うよ、あれはあの子が勝手に言ってるだけ」
もし好きならもっと積極的になってた。
恐らく自分の意思で全て行動していたらこうはなっていなかっただろう。
見方によっては自ら最大のチャンスを潰したことになる。
でも、やっぱり好きにはなれないからどうでもいい話だった。
「悪いことは言わないからやめておきなさい。椋大ぐらいしか美希の相手は務まらないわよ」
「だから好きじゃないってば……というかさ、そうしたら君の願いが叶わなくなるわけだけど、それでいいの? 納得できるの?」
「あんたには関係ない、放っておいて」
「……ごめん、ついつい言いたくなっちゃうんだよね」
椋大の前では明るいままでいるからその異常さに気づけない。
椋大的にはいまでも豊崎さんは理想な女の子のままだと思う。
「さり気なく私のことを馬鹿にしているわよね。願いが叶わない私のことを笑っているんでしょ」
「違うよ……前も言ったけど君の――」
「余計なことしなくていいっ! ちっ……もう2度と言わないで」
豊崎さんのことを悪く言わなければ椋大は友達のままでいてくれる。
だけどそれは優しさなのだろうか、ひとりになりたくないから隠すのが正しいのか?
彼女と仲良さそうに会話をしているのを見るとなんとなく邪魔しない方がいい気がしてくるが。
「ちょっと安藤くん、あかねちゃんになにしたわけ?」
「そうだよ、なんかあかね怒ってたじゃん」
「あかねがいきなり怒らなくなったのもおかしいよね」
気づけばクラスメイトの女の子3人に絡まれていた。
謝ったらこの子たちの中で僕がなにかしたことが確定される、と。
これは詰みではないだろうか、恐らくどう答えても納得してはくれない。
「みんな、そんな子といないで試合見ようよー」
「でも、安藤くんがあかねちゃんに――」
「時間の無駄だから」
おぉ、豊崎さんは救世主だな。
こっちを助けたなんて考えてもいないだろうけど。
「湊、あかねになにをしたんだ?」
「あー……なんか怒らせちゃったみたい」
「謝っておけよ、時間が経つと修復不可能になるぞ」
「うん」
とはいえ、あれだけ距離を作られていてはどうしようもない。
今年最後の登校日までには謝ることにして、残りの時間は適当に過ごした。
終わったら今日はそれだけで解散のため、さっさと帰ることに。
今日も今日とてたったひとつのオーダーのためにスーパーに寄ってから帰宅。
「湊、この前の子はもう来ないの?」
「あ、うん、来ないんじゃない?」
「はぁ……せっかくいいチャンスだったのに」
嫌われるチャンス? そんなチャンスいらないけれども。
だってこれだけ一緒にいて相手の連絡先すら知らないんだから。
もちろん登録すればこの前電話をかけてきてくれたからできるけど、さっさと消してできないようにしてある。そういう形での入手は怒られかねないからだ。
「今週の土曜日に連れてきて、お母さん暇だから」
「暇だからって息子の同級生に会おうとするのはおかしいと思います」
「連れてきたら夕飯鍋にしてあげる。もちろん、その子も一緒にね」
「無理だよ。それにこの前のすき焼き、白滝しかなかったんですけど? もう期待しませんよ僕」
わー、白滝大好きー、とかって喜べるレベルじゃなかった。
あれだったら普通のごはんを食べたほうが遥かにマシだった。
あと、彼女を連れてくるのは不可能だ、諦めてもらうしかない。
「連れてきたら1万円渡すから自分たちで買ってくればいいでしょ」
「物理的に無理なんだよ、多分だけど嫌われちゃってね」
「じゃあ仲直りなさい」
「無理だよ……諦めて」
明日さっさと謝罪だけでもしてしまおう。
家の鍋とか名前だけだから期待もできないし。
「昨日はごめん」
翌朝にすぐ謝罪をした。
椋大が言うように遅くなると謝罪できなくなるから。
「……は? 自己満足の謝罪をされても困るんだけど」
「あ、そうなんだよね、謝れればいいんだよ。それじゃ」
別に許してもらおうだなんて考えていないし。
でも、本人はともかくとして、またあの子たちに囲まれる羽目になったが。
とにかく彼女の味方をしたいようだ。
このまま放置しておけばあかねとの仲は深まっていくことだろう。
もちろん、僕ではなく彼女たちがだが。
「やめろよ、湊は謝ったんだろ?」
「椋大くん……」
今日の救世主は椋大だった。
豊崎さんに会いに来たのだろうか、とにかくお礼をしっかり言っておく。
「あかねが文句を言うならともかく、お前らが言う理由が分からない」
「……ごめんなさい」
「俺じゃないだろ、謝るなら湊にしろよ」
彼女たちはこちらには謝らず席に戻っていった。
別に謝ってほしいわけじゃないからどうでもいい。
「椋大くんを使ってずるいよね」
「椋大は横にいるけどいいの?」
「いいよ別に、だってずるいのは変わらないでしょ? 自分の口ではなく他人に言わせるなんて良くないとおもうけどね」
正しいから反論もできなかった。
それよりこの子、気に入らない人間にはここまでハッキリ態度を変えているのに、クラスメイトとか他のクラスの子とか一切気にしていない感じなのはなぜだろう。
逆にその変わりようを直視していて、自分がそれを向けられたくないから見てみないフリをしているという可能性もある。同調圧力がここで働いているのかもしれない。それかもしくは彼女の周りから人が減ることでいいと考えているのか。
「美希」
「はーい」
「まあ、湊もあんまり他人を怒らせないようにな」
「うん、そうだね」
ああ……でもさ、それができるのって上にいる人間だけなんだよなあ。
ふたりが教室から出ていった瞬間にまた囲まれるという結果に。
中には泣いている子さえいる、泣きたいのは正直に言ってこちらの方だが。
とりあえず形だけでも謝罪をしたら余計に怒られた。
今度は僕のせいで椋大に嫌われてしまったと言いたいらしい。
あかねのことはどうでも良かったのかと、これはこれで引っかかる結果に。
「ちっ……うるさいわよ!」
「わ、私たちはあかねちゃんのために――」
「頼んでない! さっき椋大に言われたこともう忘れたの? あのね、文句を言うなら直接! 私が! 自分で言うわよ! そんな奴にいちいちこそこそ悪口を言ったりしない。言うならハッキリ堂々と真っ直ぐにぶつける! あんたたちはいいことしてると思ってるんだろうけどね、正直に言って逆効果だから。椋大に嫌われたくないなら思っていても言わないことね、一応あいつにとってそいつは大切なんだから」
味方をしてくれていると言うより、椋大のことを分かっていると言うべきだろう。
それでも大切とは思われてないと思う、昔からずっと面倒くさい絡み方しかしてこなかったし。
「……分かった、もうやめる」
「椋大くんに嫌われたくないし……」
「うん……私も同意見」
「そうよ、そうしておいた方がいいわ」
これってまたずるいって言われる流れになってしまったわけだが。
戻ってきた彼女はこちらには一瞥もくれず自分の席に座った。
なんだろうな……誰にも好かれなくてもいいから、誰にも嫌われないのが目標だったのに。
まだ窓側でいられることが救いだろうか、あとは授業がないこと。
講座と掃除をするだけで帰ることができるのはいまの僕にとって救いだ。
「はい、これやっておいて」
「こっちも」
「ここも」
「いいよ」
言わないかわりに色々押し付ける作戦に切り替えたらしい。
椋大が来たりしなければ問題にならないと判断したんだろう。
また、仮に来たとしても「一旦やってもらってたの」とかって言い訳をすれば恐らく信じる。
いつだってあんなに敵意むき出しの人間というわけではないんだ。
「はぁ……この馬鹿!」
え? あれ、そもそも彼女が近くにいたことすら分かっていなかった。
「なに簡単に引き受けてんのよ」
「掃除は好きだし、別に問題ないかなって」
「助長させるだけじゃない」
「どうせみんな掃除しているんだから気にならないよ。教室でネチネチ絡まれるぐらいなら掃除していた方が遥かにマシだしね」
「ほんっっとにっ、馬鹿だから困るわ」
あんな大声で怒ってくれなければこうはなってなかったんだけどな。
どうしたって気になって言いたくなってしまうんだ、だって諦めようとしている風に見えるし。
特別な意味で好きとまで本人の前で行ったんだから最後まで頑張った方がいい。絶対に後で後悔するだろうから。
「別にいいじゃん、あか……内田さんに迷惑をかけてるわけじゃないんだから」
鍋物を食べたいからって土曜日来てくれなんて言ってないんだから。
結局後に豊崎さんみたいな反応になるに決まっている、それなら来てほしくない。
「早く掃除を終わらせないといけないから……ごめんね」
たった少し掃除場所が広くなったぐらいで大袈裟だ。
なんてことはない、複雑な心だって一緒に掃いて捨てればいい。
逆にひとりになってからは作業効率が上がった。
意外とゴミというのは溜っているもので、掃けば掃くほど綺麗になるから気持ちが良くなる。
ま、この前の椋大みたいに熱中しすぎてHRに遅れたんだけど。当然のように笑われもした。
でも、なにも恥ずかしくなかった、利用させてもらっているんだから綺麗にするのは当然だ。
ただ、終わったら終わったで、今度は荷物運びを頼まれてしまう。
あかねが言っていたことは間違っていなかったのかもしれない。
逆らうと面倒くさいことになるからさっさと従って役目を終え、これ以上巻き込まれないように学校をあとにする。
外は既に暗かった。
「待ってたよ」
「え、豊崎さん?」
どうしてこんな中途半端なところに。
「あかねちゃんから聞いたんだけどさ、もう安藤くんといたくないって」
「あ、うん、そうだろうね。また余計なことを言っちゃってさ、怒らせちゃったんだよね。謝ったけど自己満足のものだったのがあっという間にバレちゃったしね」
「そんなのどうでもいいけどさ、もう近づくのやめてあげてね」
いよいよ本格的に椋大が側にいる現実というのも無くなりそうだった。
こういうのがあるから椋大の側にはあかねが似合うって言ったんだ。
そりゃ最初こそ彼女とくっつけようとしていたけど、本音を知ってしまえば素直に応援なんかできるわけがない。
「聞いてるの」
「それは内田さん次第だからね」
「あははっ、まだ来てくれると思っているの? 安藤くんって本当に馬鹿だよねー」
「うん、そうだよ、馬鹿なんだよね僕は。今日内田さんにも言われたよ」
「……まあいいや、別に椋大くんとのことを邪魔しなければ他なんて関係ないし」
帰ろうとする彼女を呼び止める。
言われっぱなしなのも癪だからひとつ言いたいことは言わせてもらおう。
「椋大にはあかねの方が似合うと思うけどね」
「あれ、名前呼びに戻すんだ」
「そんなのどうでもいいよ。椋大に君は相応しくない、だって中身真っ黒じゃん。必死に猫かぶってるの見てるとさ、言いたくなるんだよね」
「あれ? 君が椋大くんと私をくっつけようとしていたんじゃないの?」
「最初はそうだったよ。でも、知れば知るほど君は駄目だと思えてくるんだ」
理想の女の子なんかじゃない。
これを黙っておくくらいなら、例え嫌われるのだとしてもやっぱり言うべきだろうと判断した。
彼の家は真横だ、夜に行ったって怒られはしない。最悪、外に出てきてくれればそれで十分。
「ふぅん、あかねちゃんのことが大切なんだ」
「そうだよ、だからこそ願いを叶えてほしいでしょ?」
「そっか……うーん、いまの君は好きかな、そうやってハッキリ言える子の方がいいからね」
「それはどうもありがとう」
こうして最初からどんどん言っておけば良かったのだろうか。
あかねが余計な遠慮をしないで済んだかもしれない。
「でも譲る気はないよ。相応しくないなら相応しい人間になれるよう努力するよ」
「それなら別にいいんだよ。ただ、表裏の差がね、大きいといつかは駄目になるからさ」
「え、完全に駄目ってわけじゃないの?」
彼女は珍しく素で驚いたような顔をしていた。
たったそれを見れただけでこれまでのことなんかどうでも良くなるくらいだった。
「いい子なら別にどうこう言える権利ないからね。仮にそれであかねが付き合えなくても、椋大が選んだんだから仕方ないって割り切れるよ」
「それにあかねちゃんが取られなくて済むから?」
「いや……そういうのは期待してないよ。今日ので多分もっと嫌われたし」
「ここで待ってて、これあげるから」
「ジュース? ありがとう。でもなんで――」
「いいからいいから、これは私なりのお詫びの気持ちだって思ってくれればいいよー。じゃあね」
彼女が行ってすぐ、あかねが向こうから歩いてきた。
狼狽えていたら、「落ち着きなさいよ」とピシャリと言われてしまう。
「豊崎さんは行っちゃったけどいいの?」
「……別にいい」
「そっか。じゃあ気をつけてね、寒いし暗いからもう帰らないと」
「待ちなさい」
「……一緒にいたくないんじゃないの?」
口にしたのなら最後まで守らなければならない。
できそうにないなら口になんかするべきではないのだ。
「あれは美希が勝手に言っただけ」
「それでもさ……本当は嫌なんでしょ?」
「は? 今朝も言ったけどね、そう思っているのなら誰かに頼らず直接言うわよ。これだけ一緒にいて私のことなんにも分かってないじゃない」
これだけって、8割以上は今朝の子たちみたいに絡んできていただけだけど。
いつも怖かった、自分も考えていることでもあったから逃げ場もなくて大変だった。
「あんたこそ私のことを大切とか思ってないんでしょ」
「大切だよ。だから椋大と付き合ってほしかった」
「美希にあんなこと言っておいて?」
「初めて大切なことを話してくれたからさ、いまのあの子なら応援してあげたいと思ってね」
「私の願いが叶わなくていいんだ」
「そうは言ってない。好きなら努力するべきだと思う。なにもせず取られてしまったらいつまでも後悔するよ。君に後悔してほしくない。まだまだ腹黒豊崎さんに負けてほしくない」
中身も綺麗になったら……その時は勝ち目がなくなるかもしれないけれど、椋大の隣にいる子としては似合っているから悪くなかった。それであかねが本命と付き合えなかったとしてもそれはもうしょうがない。
「はぁ……もういいわよ」
「後悔しないの?」
「しない、寧ろここから頑張ろうとすること自体が恥ずかしいわ。それにね……なんか好きなのかどうか分からなくなってしまったのよ。なんで美希が理想の女なのかって引っかかってた。あんたと同じで椋大もMなの?」
「違うよ」
どちらかと言えばSタイプな気がする。
意外と笑顔を浮かべながらもっと食べろとか言うタイプなので、少食人間には結構恐ろしい。
「でしょうね。ということは限りなく本心から言っているってことよね。それってつまりほとんど美希だって決めているようなものよね。そこで出しゃばってみなさい、ただ印象を悪くするだけで終わってしまうわ」
「まだ勝ち目はあるよ!」
「なら美希と比べて私のどこがいいの?」
「え゛……み、見た目?」
「最低ね、それに見た目でも勝ってないわよ。つまりあんたの中では私は勝てないのと同じじゃない。あんたって本当に馬鹿でアホでなんにも分かってない、本人がいいって言ってるんだから納得しておきなさいよ」
これ馬鹿って言いたいだけでは? 鬱憤晴らしに利用されているような気がする。
「優しいところは好きだけど!」
「それって告白? もう少しタイミングとか考えなさいよ」
「告白じゃないけどさ! しょうがないだろっ、僕は未経験なんだから!」
「そうね、逆にあんたが経験豊富の男だったら怖いわよ。そんな馬鹿な発言とかアホな行動しかできない人間が経験豊富なわけがないもの」
「そうだよ……分からないなりに君のことを考えて行動してたんだ……」
気持ちを知ってしまっているんだから応援したくなるのは普通だ。
気持ちがこもっていないなら言うなよ、自分こそ心の内に留めておけよ。
「変な遠慮すんなよ! 椋大と向き合って……頑張れよ」
「なにその言い方、全然格好良くないから」
「僕のことはどうでもいいからさあ! 動いておかないと後悔するから!」
「あははっ、あんたどれだけ椋大と私に付き合ってほしいのよ」
「……いま大切なのは君の気持ちだろ!」
「その喋り方やめなさい。それに私の気持ちを考えてくれるなら言うのはやめなさい。もういいって言ってるでしょ。いいわよね、部外者の人間は言うのは簡単で」
なんだよ……楽しそうに会話をしているふたりを見て羨ましそうな顔をしているくせに。
ハッキリ好きだって言ってやればいいんだ、そうすれば少しくらいは考えてくれるはず。
「言えないなら僕が言おうか」
「やめなさい、そんなことをしたら一緒にいるのはやめるわよ」
「別にいいよ、それで君が後に後悔しなくて済むなら」
「ちっ……じゃあいまから告白しに行くから付いてきなさい」
「え?」
困惑する僕に「してほしかったんでしょ?」と彼女は真顔でぶつけてくる。
なにを驚いているんだ僕は、そうだ、これが僕にとって理想じゃないか。
とにかくその現場を見られるように早足の彼女を懸命に追った。
だが、
「椋大くんのことが好きなの!」
向こうに帰ったはずの豊崎さんが椋大の家の前で大胆に告白している現場を直視する羽目に。
「椋大!」
「って、あかねと湊か」
「あんたのことが好き、返事は?」
こっちも大胆だ、手はポケットから出しておくべきだけど。
「悪い、受け入れられない」
「そ、返事をくれてありがと」
「ちなみに、美希のもだ」
「「ええ!?」」
「まだ時間はあるだろ? ゆっくりでも悪くないと思うんだ」
ということはまだあかねにもチャンスがあるわけだ。
これはかなりいい流れなのでは? もちろん、綺麗な豊崎さんになるチャンスも与えられてしまったわけだから大変なのは変わらないけどさ。
「湊、このままあんたの家に行ってもいい?」
「僕はいいけど」
「じゃあ行くわよ。美希、あんたは早く帰りなさい」
「私も湊くんのお家に行くよー」
「は? はぁ……まあいいわ」
ついでに椋大も付いてきた。母は大変喜んでいた。
あと、彼女たちはこのまま泊まるらしい。え、着替えとかどうするんだろ。
「はい」
「あ、本当にくれるんだ」
「あんたは約束を守ったからね。椋大くんまでお持ち帰りしちゃうのはあれだけど」
「き、気持ちの悪いこと言わないでよ……なんだかんだでふたりのことが気になるんでしょ」
ちなみにいまは楽しそうにごはんを食べていた。
僕と母は使った道具などを洗ったりしながら会話しているのが現状だ。1万円を濡れた手で渡すの真面目にやめてほしいけど。
「でも、土曜日に誘えなかったら返してもらうから」
「そんなご無体な……」
「土曜日はあんたの誕生日でしょ、これでも親なりに考えているんですが」
「それはそれは、ありがとうございます」
クリスマス・イブに誘うとか無理だ!
今日のだって自分で誘って来てもらったわけじゃない。
彼女と違って堂々といつだって真っ直ぐにいられないんだ。
「舐めるなよ、この非モテで未経験者を」
「そしたら白菜だけの鍋になるだけよ」
「え、美味しいじゃん」
「どうせならお肉が食べたいの! 守りなさいよ!」
「母さんこそくれたのなら僕のものにしてくれよ!」
「ただお使いを頼んでいるだけなのにあんたのお金になるわけないでしょ!」
「誕生日なんだからたまにはくれてもいいだろ!」
いけないいけない、お客さんもいるんだったか。
こうなったら自費でお肉や白滝とかを買ってこよう。
そうすれば文句も言われない、無茶難題を言われなくて済む。
「そういえばそうだったわね」
「もういいの? おかわりあるよ?」
「美希と違って大食いじゃないのよ。そうか、ふぅん、あんたの誕生日もうすぐか」
「あかねちゃん! この悲しい哀れな息子をお祝いしてあげて!」
「いいですよ、クリスマスイブですよね? 予定空けておきますね」
母は「よっしゃあ!」と喜んでいるが僕にとっては衝撃的な発言だった。
クリスマスイブに会うってことなんだぞそれは、分かってんのかこの子は。
「や、やめておいた方がいいかと」
「なんで?」
「もっと大切な人と過ごす日だと思うから」
「あ、それはどうでもいいから。大体、家族と仲良くないし。それと、ふたりきりだったら行ってあげる」
「ふふふ、それなら私とお父さんは外で食べることにしましょう」
「あ、いいですよ、椋大とかが来なければ一切問題ないです。あなたや彼のお父さんといるのは嫌いじゃないので」
大胆だな……やばいねこれは。
家には椋大や豊崎さんだっているのにこの発言。
「いいんじゃないか?」
なんて呑気に椋大は言ってくれる。
豊崎さんはニヨニヨとやらしい笑みを浮かべながら「仲良しだねー」なんてふざけてくれた。
肝心のあかねはこちらをじっと見つめている。
言うまで動かないという意思が感じられた。
「い、家でふたりきりだと緊張しちゃうよ……」
「ふたりきりになったことぐらいあるじゃない。なんなら私の部屋にだって入ったんだから」
「それは風邪だったから……」
「いいから認めなさい、お祝いをしてあげる貴重な女の子よ」
「女の子って……まあそうだけど」
でも、嫌われるよりはいいか。
「分かった、あかねがいいなら」
「それやめて」
「じゃあ、来てほしい」
「分かったわ、約束はちゃんと守るから安心しなさい」
たまにはいいお肉とか買ってしまおう。
誕生日でクリスマスなんだし、たまには大胆に沢山買って美味しいごはんを味わう。
……やばい、最高のクリスマスになりそうだった。
1万円あればふたり分なんて簡単に買えるから。
「なら俺は美希と過ごすかな」
「えー……振ったのに?」
「時間を重ねないと好きになれないだろ」
「あ、そういうこと。分かった! あかねちゃんは湊くんとふたりきりがいいみたいだからしょうがないよね」
「そうよ、私は湊とふたりきりじゃないと嫌なの」
な、なんだこの子……勘違いはしないぞ!
――と、必死に考えてなんとか耐えたのだった。