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 12月。

 年内最後の月だからってやることは変わらない。

 僕たちにとって、まず乗り越えなければならないのは目の前の期末テストだろう。


「湊、俺は先に帰るぞ」

「うん。あ。あかねとやるんでしょ?」

「そうだな」

「気をつけて帰ってね」


 ちょっとだけ意味深なことをしてくるあかねだが、椋大が好きなのは変わっていない。

 そりゃそうだ、少し仲良くなっただけで特別に変わることは滅多にないだろうから。

 美希さんも名前呼びを許可したからってこちらを優先することもあまりない。

 だから安心できる、教室であんまり仲良くしていると男子から絡まれそうだからちょうど良かった。


「あれ、湊くんは残ってお勉強するの?」

「うん、家だと誘惑が多くてちょっとね」

「そっか、えっちな音声を聞いたりしちゃうってことだよね?」


 そろそろ真剣に癒やさそうとしている人に怒られそう。

 どうしても=で考えてしまうらしい、細かく知らなければこんなものだろうか。


「あ、ごめんって、だからそんなに面倒くさそうな顔しないでよ」

「それよりいいの? あかねが椋大とふたりきりだけど。しかもあかねの家でやるらしいよ」

「そうなんだ、少人数でやる方が集中できるからいいよね。ほら、ひとりじゃ湊くんが言うように他のことに意識を持っていかれたりしちゃうけど、多いとお喋りしちゃいそうだから」


 そういうことが言いたいわけではないんだけど……。

  

「私も残ってしていこうかなあ」

「それもいいと思うよ」


 スマホも利用禁止というわけではないから自由に使える。が、ここでなら最低限の利用を心がけることができるから、他に集中しなければならないことがある時は最適だった。

 そして、あくまで残ってするというだけで一緒にするわけではないようだ。まあ結局のところ、最後はひとりでの勝負だから違和感はない。


「ここ教えて」

「……もう前か横に座ったら?」

「他の人の椅子とかって座りにくくない?」


 それは大変よく分かる、友達がいない人間であればなおさらのことだと思う。

 逆にみんなから言い方を悪くすればチヤホヤされている人気者に座られるのも気になるかもしれない。


「なら僕の席に座る?」

「湊くんはどうするの?」

「横か前に座るけど」

「うーん……じゃあ私の机と席を持ってくるね」


 ただ、別にそこまで気にしなくていい気が。

 確かに学校の時は自分の席に座ることになるが、本当の意味で自分の物ではないからだ。

 例えば利用した時なんかに他の席と交換になるかもしれない。

 中学生の時と違って防災頭巾を敷くということもないから混じってしまえば分からない。

 というか……そんなに僕の席に座るのが嫌だったのかと少し残念な気持ちに。

 ……直前まで他の人が座っていたりすると中途半端な温もりが生々しいって感じる時もあるけどさ。


「きたよー」

「うん。それでここだよね? これはこうしてさ」

「あ、そっか、ありがと」


 放課後特有の静けさが集中力を高めてくれる。

 一緒にやると言ってもいつもみたいにワイワイ盛り上がることはない。

 それこそフェチ音みたいに、シャープペンシルの芯先が擦れる音だけが聞こえていた。


「あはは」

「えっ?」


 いきなり笑われるとちょっと怖い。

 面白いことはなんにもなかったため、勉強を前にして狂ったのかと思った。


「いやー、真面目にやるんだなーって」

「そりゃやるよ、赤点を取ったら後が面倒くさいからね」

「ほー」


 頑張らないと強制お使い地獄が待っている。

 わざとというわけではないだろうが……あの頻度はどうにかしてほしい。

 なにを変えてほしいかって、敢えて単品だけ忘れてくるという姿勢だ。


「真面目だね」

「もっと真剣にやっている人からすれば全然だよ。ほら、続きやろうよ、分からないところがあれば答えるから」

「じゃあ、これなんだけどさ」

「どれ? ……これ、答えた方がいいの?」


 プリントに『湊くんの気になるタイプは?』と書かれていた。

 それをまだ指で指し続けながら、「分からないところがあれば答えてくれるんだよね?」と彼女は少し意地悪な笑みを浮かべている。

 気になるタイプか……実際に考えてみると案外出てこないような、出てくるような。

 簡単に挙げるとすれば、自分に優しいかどうかというところだと思う。


「優しい人かな」

「それって優しければ誰でもいいってこと? やっぱり優柔不断だね」

「でもさ、自分の悪口を言うような人を好きにはなれないでしょ?」

「うん、それは分かるよ。ツンデレとかって言葉はあるけどさ、悪口から入らないと上手くいかない関係なんて良くないと思うもん」

「そうそう、ああいうのは漫画とかじゃないとね」


 ただ、もし美希さんがそうだったら。

 それはそれで魅力がある気がする、ツンツンしてる美希さんとかちょっと見てみたい。

 ……あかねの言うようにMの可能性も否定できなくなってきた。


「うーん、湊くんといると集中できなくなるなあ」

「それはごめん」

「違うの、責めたいわけじゃなくてさ」

「それって一緒にいるのが嫌じゃないってこと?」

「嫌だったら、こうして放課後に残って一緒にお勉強をしたりしないけど」


 その割には肝心なことは一切教えてくれないわけだが。

 決して理解できているというわけではないものの、あかねの方がハッキリしてくれるから対応が楽だ。


「家に行こっか」

「どっちの?」

「私の」

「美希さんがいいならいいよ」

「呼び捨てでいいよ」


 ――ということで美希の家に移動。

 勉強に集中しなければならないという考えがあるのか、大して緊張もしなかった。

 今日は彼女も集中モードだから揶揄されるようなこともない。

 ただ、笑顔を引っ込めていると途端に冷たそうに見えるのは……いや待て、彼女に集中してどうする。

 またえっちだの変態だの言われても困るからとにかく集中。

 しかし、そのせいで彼女のご両親が帰宅してしまうという最悪のパターンになってしまった。

 もう19時を越えているし、そんな時間まで彼女の部屋でふたりきり。

 変に勘ぐられてもおかしくない、出禁にされたっておかしくない。


「え……」


 すんなりと出ることができてしまった。

 そんな僕をなんだこいつという風な目で見てくる彼女。


「あ、挨拶とかしなくて良かったのかな」

「別に大丈夫だよ、うるさく言われないよ?」

「いや……女の子が異性をこの時間まで部屋に入れてたらさ……色々問題でしょ?」

「そうかな? 仮にそうでも君が初めてだから大丈夫だよ」


 絶対嘘だろこれ……仮に部屋で長時間過ごしたことはなくても相手の家では平気でありそう。

 人気者だとそういう裏をすぐに考えてしまうから微妙なところだ。

 こうして一緒にいる時はそれっぽいことを言ってくれても、他の異性といる時も似たようなことを言っているんだろって……もう独占欲が働いてしまっている。

 だから駄目なんだよなあ、非モテに優しくしたりすると勘違いしちゃうから。


「とにかく、集中できて良かったよ」

「こっちこそ色々教えてくれてありがとね。そうだ、泊まっていく?」

「さすがにそれは……着替えだってないし」

「私の貸すけど、あんまり身長変わらないし」

「いいよ、帰らないと怒られるから」


 それに絶対にからかわれる。

 母から父へは簡単に情報がいくから、女の子の家になんか泊まったら大騒ぎだ。 

 潔癖症というわけではないが常識としてお風呂にも入りたい、人の家のお風呂では落ち着けない。


「はぁ……湊くんってそうだよねぇ」

「逆にここでがっつかない方がいいと思うけど」

「ならさ、ID交換しようよ。そういえばしてなかったよね、椋大くんやあかねちゃんとはしていたからちょっと忘れてたけどさ」

「美希がいいなら」


 そう言った瞬間に彼女の指が止まった。


「全部そうやって決めるつもりなの?」

「え、だって自分から求めるわけにもいかないし」

「仮に告白したとしてさ、それでも私がいいならって言うの? そこに君の意思は関係ないわけ?」


 決してそんなことはない。

 自分にそのつもりがなければ受け入れたりはしないつもりだ。

 非モテとは言っても常識はある、それにそんな失礼なことを初めの人間ができるわけがないだろう。


「ふぅ、そうだよね、君ってそういう人だよね。やっぱりいいや、交換しないままで」

「うん、僕はそれでいいけど」

「じゃあね、気をつけて」

「うん」


 僕らしくていいじゃないか。

 ここでがっついていたらだって気持ち悪いだろうから。

 謙虚な生き方をしているんだからそこを馬鹿にされても困る。

 

「ただいま」

「遅い」

「ごめん、ちょっと勉強をしててね」


 前にも言ったが母の相手はたまに面倒くさいけどやはり落ち着く。

 なぜなら、こちらを勘違いさせるようなことを言ってこないからだった。




「――で?」


 自分のベッドに寝転び不貞腐れてる彼女に聞く。

 呼ばれたから来てみればこれだった、明らかに面倒くさそうな雰囲気しか感じられない。


「湊くんは駄目だ……」

「つか、一緒に勉強したのね」

「あー……でも駄目だから」


 あいつが駄目なのは怒られなくなって寂しいとか言うところだけだと思う。

 普通は向こうが怒って当然なのにあの対応だ、お人好しは騙されるだけだろう。


「なにが駄目なの?」

「だってさ……なんでもかんでも私がいいならって受け入れるんだよ? まるでそこに自分の意思はないみたいじゃん。それにしつこいんだよね、椋大くんといなくていいのって」

「あんたが椋大と仲良くしている時は私が言われるけれどね」

「別に湊くんを好きってことじゃないけどさ、なんか勝手に私=椋大くんが好きということにされても困るんだよね」

「ハッキリ言えばいいじゃない、そうすればあいつだって分かるでしょ」


 ま、あいつの気持ちも分かる気がする。

 恐らく椋大みたいにモテたことがないから近づいて来るのを不自然に感じ、ワンクッション挟まないと落ち着かないんだろう。先に「椋大といなくていいの?」と聞いておかないと不安だということだ。


「あいつと仲良くしたいなら理解してあげなさいよ」

「なんで? それって私が合わせなきゃいけないの?」

「そりゃそうでしょ。合わせたくないなら距離を置けばいいじゃない」


 あんたがいつもしているようにね。

 恐らく湊のやつは勘違いしていると思う。

 誰とでも分け隔てなく接する可愛いクラスの人気者――湊の中ではこんなところだろう。

 だが、実際は違う。

 悪口こそ言わないが興味を失くした場合はとことん冷たい対応を取る。

 そいつと関わらなければならない時は露骨に笑顔がなくなる。それでも、相手からすればいまは虫の居所が悪かったのかな、ぐらいにしか考えられない。

 

「まあでもいいかな、連絡先だって交換しないで済んだし」

「じゃあもう一緒にいるのやめるの?」

「優しいけど……それだけじゃ駄目なんだよ。その点、椋大くんはいいよね」

「ならハッキリ言ってあげれば? 私は椋大が好きだからって」


 散々躱しておきながら結局はこれだから質が悪い。

 しかも平気でこちらに言ってくる、しかも最高の笑顔つきで。


「そしたらさ、あかねちゃんは嫌なんじゃないの? それにあいつは絶対に椋大くんといさせようとすると思うよ」


 あいつ呼び、怖い怖い。

 更に言えば笑顔を浮かべながらの言葉だから迫力がある。


「ま、その場合はあんたみたいに躱すわよ」

「しつこいよぉ?」

「あいつよりは私の方が上だし」


 ま、良かったのかもね、この子の異常さを直視せずに済んで。

 信用してくれているから見せてくれているんだろうけど、見ていていいものではない。

 いつか自分も言われる側になるんじゃないかって常にプレッシャーをかけられている。

 あ、でもあれか、あいつだったら「やっぱりね」とか納得しそう。

 近くに椋大がいるから自分に近づいてきてくれる理由が恐らくずっと分かってないからだ。


「帰っていいよ」

「あんたねえ……」

「もう言いたいことは言えたから。テスト、頑張ろうね」

「……そうね、赤点を取らないようにね」


 ところで、昔からずっと行き来しているのに彼女の両親と話したことがない。

 どういう人なんだろうか、もしかしたら両親が歪んでいたからこそ娘もああなった可能性がある。


「――まさか呼ばれるとは思っていなかったけど」


 豊崎家を出てすぐ、私はあいつを呼び出した。

 でも、呼び出してからなにを言うべきかを迷ってしまうという痛いミス。


「もしかして豊崎さん絡み?」

「……正解」


 ……こいつらしい判断だ、諦めが良すぎるのはいただけないが。


「コンビニでおでん買って食べようか」

「いいわよ。今度は私が奢ってあげる」

「いいって、寧ろ僕が出すよ」


 寒いからコンビニ、コンビニから家に移動になった。

 私の家に上げると絶対にうるさいだろうから無理やり湊の家に行かせてもらうことに。

 湊の母親が驚いていたことから、恐らく女子が来ること自体が相当珍しいことなんだろうと判断する。


「椋大とはどうだったの?」


 しかし、案の定これだ。


「テスト勉強のために集まったのよ? 進展するわけがないじゃない」

「そっか、ならいまから呼ぼうか? テスト勉強の時じゃなければ仲良くできるんだよね?」

「あのねえ、私はそのことについて話しに来たわけじゃないのよ?」


 前に言ったことをもう忘れているのだとしたらアホだ、美希に馬鹿にされてもフォローできない。


「だってさ、あの子の話をしてなんになるの?」


 あ、そういえばそうだ……こいつに聞かせたからってなにも意味はない。

 悪いところを直したところでもう遅い、美希は評価を覆したりはしないだろう。

 あと私も私だ、椋大にわざわざ番号を聞いてまで呼び出した意味とは。


「仲がいいんだったら色々聞いてるんじゃないの? それこそ、本人には言えないこととかさ」

「まあ……そうね」

「今日ので冷静になれたよ。やっぱりさ、うーん……所詮僕とあの子とか椋大とか君とかさ、いる場所が全然違うんだよってさ」


 人によって差が出るのは当然だ。

 努力しても元々の才能を前に折れる時だってある。

 それでもなんとなくだが、美希の言いたいことがよく分かった。


「……そういう考え方をしていないで努力したらいいでしょ? なにもしないで僕は君らと違うんだと言われても困るわよ」

「努力すればテストで高得点取ることはできるよね。人に気に入られようとすることもできるかもしれない。でも、元々の違いはどうにもならないでしょ? ……君たちと一緒にいられるのは楽しいし嬉しい。だけど、正直に言って劣等感しか――」


 聞きたくないから無理やり倒してそれ以上を吐かせなかった。

 が、それにも怒らず、力ない笑顔を浮かべているだけだった。

 むかつく、こちらがなんも努力していないみたいな言い方しやがって。


「とにかく、来てくれるのなら拒まないけどね」

「あんた、それ美希にも言ったんでしょ。美希がいいならって」

「そうだよ、だって僕が必死に連絡先教えてとか言ったり、椋大みたいにあっという間に名前で呼んできたりしたら嫌でしょ? 分かっているんだよ、君たち以上に自分のことを。椋大は追われる方がいいって言ってた、自分で動くのはださい、恥ずかしいってことで。でも、それすら余裕なんだよ、なぜって椋大は選べる立場にあるから。だけどこっちは違うでしょ、待つしかできないわけだからさ。待ってたところで特別な人なんかやって来ないんだけどね」


 1度そう考えるとずっと曲げない人間って面倒くさい。

 自分の考えが1番、間違ってない、相手もきっとそう思っている。

 そんなマイナスなことばかり考えてなんかいたら、美希じゃなくたって愛想を尽かすだろう。

 良くも悪くも相手に影響を与えてしまうからだ。

 

「受け身でいたらそうでしょうよ」

「だねっ」


 それにそんな笑顔は駄目だ。


「椋大」

「呼ぶ?」

「私は椋大に相応しいと思う?」

「椋大が君だと決めたなら応援するだけだよ。豊崎さんでも同じ、椋大次第だね」


 自分のことじゃなくなると他人任せ。

 とはいえ、自分が関係ないのだから分からなくもない。


「あんたの気持ちを聞いてるの」

「それなら君の方がいいかな。だってほら、君の気持ちは知っているからさ。豊崎さんのことはなんにも知らないんだ。あの子、僕には肝心なことはなにも教えてくれないから」


 私だって知っているようで知らない。仲がいいようで良くない。

 別にこいつだからと冷たくしていたわけではないだろう、少なくとも今日までは。

 美希なりに信用しようとした、それはつまり期待であったわけだが……その期待に応えられなかったということになる。たったそれだけのこと、他の人間だって同じ扱い。ああいう考え方をしているからってなにも最初から切り捨てようとするわけではないのだ。


「その椋大の隣にいようとしているのが美希だけれどね」

「じゃあ勝てばいいんじゃない?」

「簡単に言うんじゃないわよ、それができているならもう付き合っているわ」


 なるほど、確かに椋大と湊は全然違う。

 片方はモテて、片方は全くモテない弱そうな男って感じだ。

 だから関係ない、勝手にやってくれとばかりに勝手なことを言う。

 簡単じゃない、相手が美希であるのならなおさらのことだ。


「ごめんね、見ていることしかできないから分からないんだよ。経験がないからさ、見て感じたことを口にするしかないでしょ? それに勝負なら相手に勝つしかない、簡単な話だよね」

「あんた、もしかして私が慣れているとでも思っているの?」

「違うの? あれだけ堂々とできるのは過去の経験故にと思ったけど」

「はぁ……これだから非モテは」

「そうだよ?」


 話をしていると頭が痛くなってくる。思わず頭痛が痛いとか言い出しかねないレベルだ。

 

「君は椋大が好き、豊崎さんも好きかもしれない。でも、相手なんか関係ないよ、大切なのは君が椋大のことを好きだということでしょ? だったら頑張ればいいでしょ、積極的に誘ったりさ」

「偉そうに言うな」

「頑張って、クラスメイトとして応援してるよ」


 ……友達ですらないのか、と少し引っかかった。

 言いたいことを言えたからって奴の部屋を出て、1階へ。


「あれ、もう帰るの?」

「あ、はい、言いたいことも言えたので」


 運悪く奴の母と遭遇してしまった。


「そ、気をつけてね。あと、湊のことよろしくね」

「わ、私がですか?」


 しかもなんか頼まれてしまう始末。

 なんで私が奴のことなんて……と思いきり気になったが、なんとか表に出さないように努力をする。


「こうして家に連れてきたの、椋大くん以外で初めてだからね」

「別にそういうつもりありませんよ? 私は椋大のことが好きなので」

「それでも……頼みたいかな。もちろん、嫌ならいいけど」

「すみません……」


 嫌だ、あいつはマイナスに考えるから。

 未だに近づいて来てくれる理由なんかを探ってる。

 いいじゃん、普通にクラスメイトだからとかで納得しておけば。

 でも、奴は下手くそだからその先まで考えようとして……その度に自分のことを知って距離を作る。


「そう……とにかく、気をつけて」

「はい。お邪魔しました」


 むかつくから帰りに椋大の家に寄った。

 出てきた椋大はいつも通りだったけど、上がっていくかとは言ってくれなかった。


「早く帰れよ、風邪引くぞ」

「椋大、私、あんたが――」

「悪いがいまはテストに集中したいんだ。今度にしてくれないか」


 それどころか冷たい感じすら伝わってくる。

 これは単純に気温の影響だけではないだろう。


「……美希が椋大に集中するって」

「美希が? へえ」

「気になるの?」

「美希は理想の女みたいなものだからな」

「……それが言いたかっただけだから、それじゃあね」


 なにが理想の女だ、裏の顔を知らないからそんなことを言えるんだ。

 ――にこにことしている表だけしか見ず判断をしている椋大が唐突に微妙に見えてきた。

 あと……美希と付き合えばお似合いだとも。もちろん、悪い意味で。


「ただいま」


 わざわざ玄関まで来てくれるような母はいない。

 子どもと楽しそうに話す父親もいない。

 だから本当はこんなこと言ったって意味はない。

 その日、寝るまでずっと心の中に残る冷たさは消えてくれなかった。

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