04
「――ん? 安藤じゃない」
「あれ、内田さんも買い物にに来たの?」
スーパーに入ろうとしたら偶然制服姿の彼女と出くわした。
「そうよ。と言っても、お使いレベルだけどね」
「奇遇だね、僕も卵だけを買いにきたんだ」
「そ」
まあ当然出会ったからって一緒に行動するわけじゃない。
対豊崎さんよりも仲良くないから、僕らにとっては当然のことだった。
寒いからさっさと帰ってしまおうと直行し、僕らがいつも購入しているものを手に取る。
あとは会計を済まして帰るだけ――のはずだったのだが、
「待ちなさい」
意外にも彼女に呼び止められ、会計を済ますのは後に。
「荷物持って」
「それって椋大には頼めなかったの?」
「私を送ったらさっさと帰ったわよ」
うーん、やはり本命は豊崎さんなのかもしれない。
でも、頼まれると断れないタイプでもあるため、内田さんの頼みを叶えることを優先したのかも。
「いいよ。なにを買いにきたの?」
「卵、牛肉、白滝、長ネギ、しめじ、うどん、豆腐、ね」
「あ、もしかしてすき焼き?」
「そ、正解」
僕も卵を買いにきているからワンチャン……ないか。
鍋物とか相当なことがない限り選ばれることはないから。
「だったらおでんなんて食べて大丈夫なの?」
「大丈夫よ、あれはおやつみたいなものよ」
おでんはおやつではないと思う。
僕なんかあれだけで結構お腹にきているぐらいだ。
女の子なら尚更そうであるというイメージがあるけど、想像にすぎないというところだろうか。
「たったこれだけでも重いわね」
「持つよ、そういう約束だからね」
「ありがと」
こうして彼女とゆっくり一緒に行動していること自体がおかしい。
以前までは散々、お前は椋大の側にいるな、話しかけるな、息するなとか言ってきてたのに。
「って……雨じゃない、傘なんか持ってきてないわよ」
「急ごうか、その前にこれ着て」
「あんたのパーカーを?」
「ほら、制服が濡れたら困るでしょ? いまだったらまだ小ぶりだし、被害も最小限に抑えられるかなって思ってさ」
「分かった、ありがと」
だが、走り始めてすぐに色々と冷たいことに気づいた。そりゃそうだ、下は薄い長袖しか着てないし、水滴によって現在進行系で冷やされているのだから当然のこと。
ただ、僕だって一応男だ、情けないところはあまり見せたくない。堂々としていないとまず間違いなく椋大の側にいるのは相応しくないって言われかねないから我慢した。
「着いたわ」
「それじゃあこれっ、じゃあね!」
「え、これはどうするのよ」
「あ、そっか……悪いんだけどさ、洗濯! しておいてくれない?」
彼女が着たそれを持って帰るのはなんだか気恥ずかしい。
洗濯されて返ってきてもそれはそれで気になるわけだが、変な温もりを感じなくて済むからマシだ。
「あんた……それが目的だったの?」
「ち、違うよ……とにかくよろしくね」
「……まあ、ありがと」
「うん、それじゃ!」
このまま濡れてると絶対に風邪を引いてしまう。
それに豊崎さんの誘いを断っておいて内田さんとずっといたら誤解だってされるかもしれない。
やはり僕が女の子とふたりきりでいるのは似合わない。
なるべく椋大に一緒にいることを頼むとしよう。
結果を言えば風邪は引かなかった。あと、当然のようにすき焼きではなかった。
が、
「え、あかねちゃん今日は風邪なの?」
「そうだって、昨日の雨で濡れちゃったのかなあ」
一応僕よりは着込んでいた彼女の方が風邪を引いてしまったらしい。
家を知っているからお見舞いに行くことはできるが、さすがにひとりでは無理。
となれば彼女が本来来てほしい人であろう、
「で、俺か」
「うん」
そう、椋大を連れて行くしかないだろう。
ちなみに、豊崎さんは今日は予定があったらしく来られていない。
冷やかしに行くわけではないから飲み物とかもしっかり購入してからここに来た。
「つか、内田の家を知っていたんだな」
「昨日僕が付き合わせたから濡れちゃったんだよ」
「なるほどな、それじゃあ押すぞ」
「うん」
実際は僕が付き合わされた側なんだけど、こういう形にしておけば椋大だって心配するはず。
そうすれば風邪なんかすぐに治るだろう、愛のパワーは恐らくとてつもない威力、効力がある。
「はい……え、なんであんた達……」
「大丈夫か?」
「まあ……上がる?」
「おう、邪魔させてもらう」
さて、こっちはどうするべきだろうか。
人数が増えても寧ろ悪くなるだけだ、だったらこれを渡して椋大とふたりきりにした方が遥かにマシ。
「内田さん、これ」
「私に……?」
「うん、まあ風邪の時に必要そうなの持ってきたからさ」
買ってきたとはわざわざ言わなくてもいいだろう。
そういう言い方をしてしまったら気になって寝られなくなるかもしれない。
そういうつもりでしているわけじゃないし、後でお礼をされても困るからだ。
「ありがと……昨日は悪かったわね」
「いやいや、天気悪かったの全然見てなかったしさ。椋大、あとはよろしくね」
「おいおい、自分だけ帰るつもりかよ。来い、あんまり外にいさせると悪化するからな」
ああ……帰ることはできなかった。
椋大は彼女を支えるのではなく抱いて恐らく彼女の部屋まで運んだ。
自分はただそれを眺めることしかできなかったと言うよりも、そうするべきだと判断した。
こういう機会って多分だけどあんまりない。
椋大は他にも友達が沢山いるからふたりきりにはあまりなれないから。
「飲み物飲むか?」
「いい……」
「熱は?」
「8度ぐらい……」
「シート貼るからじっとしてろ」
「うん……」
ああ、椋大連れてきて本当に良かった。
女の子の部屋に入るとか初めてだし、なんか目のやり場に困るから。
おまけにああして顔を直視したりすると多分固まる。
……風邪の時って妙に色気があるように見えるのはなぜだろう。
「よし、もう帰るか」
居座ることはしないでやることはやって帰る姿勢が格好いいと思う。
――って、なにもしていない人間から言われたくないだろうから言わないけど。
「まだ……いてほしい」
「悪いな。ただ、あんまり長居すると良くないだろ? お前も落ち着いて寝られないだろうからさ。せめて美希がいてくれたら良かったんだが、今日は予定があったみたいでな」
「そう……なら、しょうがないわね」
元気な時だったら無理矢理にでも椋大に残させるんだけどなあ……明らかに寂しいって顔してるし。
でも、椋大の言う通りだ、そういうわけでさっさと帰ろう。
「安藤」
呼び止められてしまった。
椋大は「先に出ているぞ」と残し、部屋から先に出ていってしまう。
「ごめんね、なにもしてあげられなくて」
「別にいいわよ……えっと」
「ゆっくりでいいよ」
彼女が体を起こそうとしたから支えようとしてすぐにやめた。
触れられるわけがない、彼女だって触ってほしくはないだろうから。
「明日返すから」
「あ、いつでも大丈夫だよ」
「そういうわけに――ごほっ、ごほっ……」
「だ、大丈夫? ほら、寝ないと」
いまは治すことに専念してほしい。
普通に話せるようになって嬉しさもあるが、なんだか寂しさもあった。
良くも悪くも、以前までの彼女は僕のことをよく見てくれていた気がした。
言い方は過激ではあったものの、言っていることは間違いではなかったからだ。
「はぁ……風邪っていい気分にはならないわね」
「そりゃそうだよ」
「……椋大が来てくれたのに、こんな恥ずかしいところを見せてしまって……情けないわ」
「そんなことないでしょ、心配で来てくれたんだからさ」
病気の時でも乙女してんなあ女の子って。
豊崎さんもひとりで心細い時とかは椋大の名前を呼んだりしてそう。
「はは……どうせあんたが無理やり連れてきたんでしょ」
「無理やりじゃないよ、内田さんが風邪を引いたから付いてきてって連れてきただけ」
「無理やりじゃない……まあ、それで実際断りしないのが……嬉しいけど」
ただあれだ、あんまりこういうこと聞きたくない。
や、分かってる、そもそもそういう魅力が自分にないのは嫌というほど理解している。
でも、わざわざそれを僕に言う理由ってないよねという話。
「帰るよ、椋大も待ってるしさ」
「……そうね、気をつけなさいよ?」
「そっちは早く治してね。あ、鍵はどうしよっか」
「付いていくわ……さすがに鍵を開けたままで寝るのは怖いから」
椋大のことを引き止めれば良かったのに、それに堂々と言えるのが彼女が格好良さだったんだぞ。
こちらに言われたからってなにをしてあげられるというわけじゃない。
というか、頼りもしないだろう、あれだけ何回も色々言ってきていたんだから。
「遅かったな」
「待たせてごめん」
「あんた達……気をつけなさいよ」
「内田は早く治せよ、それじゃあな」
おぉ、頭をぽんぽんとかしちゃって自然にイケメンムーブ。
「ねえ椋大、どうして内田さんのことは名字呼びなの?」
豊崎さんだけを特別扱いしたいなら内田さんに優しくするのやめてあげてほしいけど。
「別にあかねって呼んでもいいんだけどな」
「なんか引っかかるの?」
「分かったよ、じゃあ明日から名前で呼ぶ」
「いや、無理なら無理しなくていいけど」
さり気ない行為で簡単に揺れさせることができてしまうから気をつけた方がいいと考えているだけだ。
もう少し自覚した方がいい、ああいうことはその気がなければするべきではないと。
「俺はさ、自分で動くのが嫌なんだ。自慢をしたいわけじゃないけど、いつも追われる側だろ? だから自分で頑張ったらなんか痛い感じがしてな」
「うん、それ僕からしたら自慢だけどね」
「湊を馬鹿にしたくて言ってるわけじゃない。相手が内田でも美希でも、それ以外の女子であったとしても、向こうから来てくれるのであれば、そして俺がその相手を気に入ればいける」
「恋愛とはそういうものだからね」
生まれた瞬間から○○が好き、なんてことはないだろう。
出会って、時間を重ねて、そこで気に入れば付き合うし、なんなら結婚までいくこともある。
だからって死ぬ時まで安泰というわけではないが、なんだかんだ言っても特別な人がいてくれる人生というのは楽しいもののような気がした。想像でしか言えないから曖昧なイメージだけども。
「だから、別に美希を特別扱いしているわけじゃないことは分かって欲しい」
「あ、うん」
「まあ俺の話はこれぐらいにして、湊はどうなんだ? あのふたりについては」
「ふたりともいい子だよね。可愛いし、学校では人気があるし」
こちらの方こそ来てくれるのを待つしかない。
僕みたいな人間が頑張っていたら痛いどころではないから。
「それは他の奴でも言えることだろ」
「どっちかを好きとか、そういうのはまだないよ」
「そうか」
選ぶ側にはいられないんだから聞かないでほしいなあ。
僕達はこうして一緒にいるけど、立場が全く違うんだ。
「椋大、いつも一緒にいてくれてありがと」
「なんだよ急に」
「いや、だって椋大が優しくなければ君となんていられないでしょ」
「俺はそうだと思わないけどな」
「幼馴染とかって関係じゃなければ関わることもなかったでしょ」
自分と同じだなんて考えたことはない。
それでも必死に否定する必要はないので、またお礼を言って歩くことに専念した。
「ふふふ、待ってたよ」
僕と椋大の家の間に豊崎さんがいた。
ちょっと格好つけてポーズを取っているところがおかしくて可愛い。
「椋大くん! 今週の土曜日にお出かけしよう!」
「いいぞ、どこ行くんだ?」
「え……あ、案外あっさり受け入れてくれるんだね。あ、水族館に行こう!」
「分かった」
これは椋大にとって理想通りの展開だろう。
格好いいからって自分の理想通りになる可能性というのは低いだろうし、こういうチャンスを無駄にするのはもったいない。そして、彼もそう判断したのか、あっさりと了承していた。
見ているのも悪いので挨拶を済まし家に入る。
「あれ、いいの?」
「なにが?」
僕が帰るといつも玄関のところまで母は来てくれる。
大抵は○○買ってきてとかあんたは○○とか愚痴を言いたいだけだろうけど、今日は違かった。
「椋大くんが可愛い子と仲良くしてるけど、あんたは悔しいとかないの?」
「ないよ別に」
「はぁ……お母さんが頼んでこようか?」
「そんなことしなくていいから……」
空気を読んで帰ってきたのに母にそんなことをされたら台無しだ。
にしても、引いてみているとああして女の子の方から積極的になってくれるのか。
僕がそうしていたら誰かが……って、ないな、それだけは絶対にない。
「湊、あんたも頑張りなさい」
「うん、まあできる限りね」
いつかは、そう信じて色々なことと向き合っていこうと決めたのだった。